2018/07/03 (  火 )

CIO Forum 2018

開催日:2018年 3月 7日(水)

CIO Forum 2018

CIO Forum 2018 経営に資するイノベーション集団へ
IT部門主導の企業変革を実現する
人財、組織、
そして先端IT活用の勘所

開催日:2018年 3月 7日(水)
主催:株式会社ビジネス・フォーラム事務局
特別協賛:日本アイ・ビー・エム株式会社

 2018年 3月7日、東京・赤坂インターシティコンファレンスにて、「CIO Forum 2018」(株式会社ビジネス・フォーラム事務局主催)を開催致しました。今年で2回目の開催となる本フォーラム。IT部門主導の企業変革を実現する人財、組織、そして先端IT活用の勘所について、先進企業のCIO、ITリーダーの方々による講演とディスカッション、そして交流会を通じて、活発な議論が展開されました。当日は日本企業のIT部門の経営層、管理職の方々を中心に、定員を上回る多くのお客様にご来場をいただきました。

オープニング:IT部門主導の企業変革を実現する人財、組織、そして先端IT活用の勘所

 IT部門こそ、経営に資するイノベーション集団へ

株式会社ビジネス・フォーラム事務局
プロデューサー 北村 将

 オープニングでは、本フォーラム企画担当の北村より、開催背景について説明が行われました。

 IoT、AI(人工知能)、ロボットをはじめとしたIT技術の進化が著しい昨今、デジタルテクノロジーを武器に産業の垣根を越えてマーケットシェアを奪う企業も出現しており、ITによる企業変革はまさに待ったなしの状況です。

 しかしその重要性を認識しつつも、IT部門による企業変革が決して容易ではないことも、参加者の皆様にご協力いただいた事前のアンケート結果から明らかになっています。その結果は、IT部門主導の企業変革が「非常に進んでいる」もしくは「進んでいる」との回答した人は全体の約3割にとどまり、7割近くが「全く進んでいない」もしくは「進んでいない」というものでした。

 IT部門主導の企業変革を実現するためには、「IT部門こそが自らの存在をイノベーションの創出を担う組織と再定義し、必要であれば自己否定も辞さない覚悟でIT部門自身の変革に挑む必要があるのではないでしょうか」と述べ、問題提起がされた。

 今回のフォーラムはIT部門主導による企業変革を実現するために必要な「人財」、「組織」、そして「先端IT活用」の3つの視点から、先進企業のCIO、ITリーダーの方々の講演やパネルディスカッションを通じて議論していくものです。「日本企業のIT部門が経営に資するイノベーション集団になるための一助に本フォーラムがなれれば幸いです。」と企画への思いを述べてオープニングの挨拶を締めくくりました。

特別ゲスト講演1【「デジタル経営」を先導するIT部門の新たな役割】

 ダイキン工業におけるIT部門改革と実行力のある組織づくり
~「攻め」と「守り」のバランスの中で~

ダイキン工業株式会社
IT戦略専任部長
大西 一彦
 氏

 「真のグローバルエクセレント企業」の実現を目指して変革を続けるダイキン工業では、IT部門の立ち位置を大きく変革する「IT機能改革」を進めています。これまではシステム化による業務効率化を主務としていた「守り」だけのITを、主導的、能動的に動き、経営に価値を生む「攻め」のITとしても機能させるにはどうしたらいいのか。「ダイキン工業におけるIT部門改革と実行力のある組織づくり」と題し、マインドチェンジも含めた6つの施策を軸にしたIT機能改革の全容や、グローバル製造業として「デジタル経営」を先導するIT部門の新たな役割についてご講演いただきました。

IT部門主導による新たなビジネスモデル創出を目指して

 2014年2月。ダイキン工業の経営会議の場でIT部門に対して、経営側からある要請がありました。それは、「経営的視点に踏み込んだITのビジネスモデルは事業部門からは出てこない。そこで、最先端のIT技術を知るIT部門が能動的に変革を推進してほしい」といったものでした。具体的に取り組むべきアジェンダとしては、「ITをいかに利用して経営の効率化をしていくか」「ITにより顧客・利益をどう創出していくか」「事業を拡大するのにITの“最先端技術”をいかに駆使していくのか」の3つが挙がりました。

 しかしながら、従来のIT 部門は事業部門のニーズを本当の意味でキャッチアップできていないところがあったと大西氏は振り返ります。IT部門は事業部門からの要請に基づいて、システム作りをしていればいいというくらいの考え方でした。そこで、このままではいけないと、経営側からの要請に応えるためにも、現在のIT機能のどの部分にギャップがあるのかを、紐解いていきました。

そして、同社におけるIT機能の課題として以下の項目が挙がりました。

  • 「事業の競争力を強化するような“攻め”のITテーマを生み出せていない」
  • 「中期でのIT推進に向けた戦略立案機能、テーマに対する投資実行のコントロール機能、さらには ITのリスク、コスト、人材のマネジメント機能等、ITの戦略企画機能が弱い」
  • 「今後生み出していく中間ITテーマをやりきる為の体制(構え)ができていない」
  • 「自律的にITテーマを推進できない海外域があり、実行スピードが遅い」

 このように具体的に課題を挙げ、解決に向けた議論を進めた結果、IT部門が自律的に動き、経営に確かな価値提供ができる組織へと変革するための方向性を見出しました。そして、ITの業務プロセス中のコア業務を中心に6つのポイントで強化を行う「IT機能改革(強化)」を進めることになります。

6つの施策によるIT機能改革で、経営のバリュークリエイターに

IT機能の改革のために挙げられた施策は以下の6つです。

  1. IT創発機能の強化
  2. IT戦略企画機能の強化
  3. 部門の業務改革力強化
  4. 地域ITとの連携強化
  5. IT実装のスピードアップ&コストダウン
  6. IT人材の強化

1.「IT創発機能の強化」:

最新のテクノロジーを武器としたビジネス改革の構想、企画を創出することです。IT部門がどこへ向かうのか、自分たちの立ち位置はどこにあるのか、自分自身のマインドチェンジも含め、新たなことを生み出す組織への改革を推進することで、コーポレートIT機能の強化を図ります。

2.「IT戦略企画機能の強化」:

中期経営計画を支えるIT戦略の立案とIT創発機能で生み出されたテーマ推進に向けた投資のコントロールやグローバルでのヒト・モノ・カネのマネジメント機能を強化することです。

3.「部門の業務改革力強化」:

事業部門のITグループ要員を意味します。IT部門から事業部門の企画部門へ、マインド形成した人材を送り、事業部門が自分たちの変わりゆく姿を見据えて業務改革創出に専念するため、IT実装をIT部門に任せます。

4.「地域ITとの連携強化」:

コーポレートITと地域ITの基本的な役割を明確にした上で、各地域ITのレベルに合わせてコーポレートITとの連携強化を推進します。

5.「IT実装のスピードアップ&コストダウン」:

IT部門がテーマ実行のスピードアップと確実なテーマ実行(品質確保等)を行うとともに、コストダウンを図ります。

6.「IT人材の強化」:

先の5つの強化や今後生み出されるテーマをやり切るため、IT実装の内製化を高めて行くため、IT人材の大幅な補強および育成を行います。

約3年間に及ぶこれら取り組みの結果、新設したIT創発部隊がSIer企業との協業で63テーマを創出するなど、徐々に効果を上げています。大西氏は最後にこのように締めくくりました。「従来、我々はシステムビルダーと言っていました。今は、もう少しサービスプロバイダーになっていこうと言っています。最後には、バリュークリエイターという形で、経営においての価値をいかに創出していくか。そのようなことが自分たちの役割と考え、これからも日々努力を重ねていきます」。


ダイキン工業株式会社
IT戦略専任部長
大西 一彦 氏


1982年ダイキン工業入社、国内生産管理システム構築に従事。1986年より海外生産拠点の立ち上げでタイ、欧州等に3年半駐在(販売・物流、生産、会計の管理業務やインフラ構築まで何でも行う)。1998年情報戦略企画部隊の課長となり「IT戦略企画」の苦悩に突入するも、IT戦略企画やグローバルITガバナンスを牽引。2006年よりIT推進室長としてIT改革プロジェクトを次々と繰り出し、「次世代IT」ビジョンを模索、先取実施。2012年よりIT推進部長として「二流の戦略と一流の実行力」に磨きをかける。2017年12月より現職。

基調講演【最新テクノロジーと自律型組織】

グローバル経営層スタディからの示唆

日本アイ・ビー・エム株式会社
執行役員 戦略コンサルティング リーダー
池田 和明 氏

 IBMは14年間にわたり、“グローバル経営層スタディ”という取り組みを実施。世界中の経営者にインタビュー調査を行い、そこから得られる洞察を発表しています。2017年は対面で2047人、電話で1万807人にインタビューを実施し、ブロックチェーン、AI、 IoTなどのテーマでレポートを発表しました。本講演では「グローバル経営層スタディからの示唆」と題し、これからのCIO、ITリーダーがもつべき視点、データの重要性、既存企業が行うべきことなどについて、ご講演いただきました。

「守成からの反攻」、業界のリーダー企業が主導する創造的破壊

 講演の冒頭、池田氏は2017年の“グローバル経営層スタディ”から得られた、いくつかのデータが示しました。「外部的経済要因の中において、御社に最も大きな影響を与えるものは何か」。結果の上位3つを見ると、1番は「市場の変化」、2番目には「自社に影響を与えるテクノロジーの動向」、そして3番目には「人材スキル」という結果でした。注目すべきは、人材スキルの項目が急速に上がってきたことです。変化が激しいこの時代に適応していくための人材が自社内で不足しているとともに、外部から見つけることも難しいというコメントが相当数増えているとのことです。

 次は、「業界の中で創造的破壊を主導している企業はどこか」に対する回答です。2015年の回答では、Apple 、Googleといったデジタルジャイアントといわれる企業がトップで、2番目はスタートアップでした。それが2017年になると状況が大きく変わります。トップは業界のリーダー企業で、2番目がデジタルジャイアント、3番目が他業界からの参入企業、その次がスタートアップという結果になりました。

 では、この2年の間に何が起きたのか。池田氏は、「それは既存企業が反攻に転じているため」と述べます。最近の目立った傾向として、魅力的なビジネスモデルや、自社に脅威となるビジネスモデルを持つ新規参入者が出てきたら、その企業を買収することが当たり前のように行われるようになりました。自社が展開している物理世界のビジネスモデルとデジタル世界のビジネスモデルを融合させる動きがあります。物的資産にセンサーが搭載され、動作の状況や周辺の環境情報をデジタルデータに変換してインターネットで送り、コンピューターが処理して返ってきたデータで機械が動くIoTの時代です。このIoT という新たな刺激によって、デジタルだけではなく、デジタルとフィジカル(物理)の両方の世界にまたがる、もしくはそれらをつないで活動できる企業に、主導権が移りつつあります。また、これまでのビジネスで蓄積してきた顧客基盤や顧客データは新規参入企業にはなかなか手に入りません。業界のリーダーはそれに気づき、反撃を始めているといえるのではないでしょうか。

反攻のための4つのポイント

池田氏は、既存企業が反攻に転ずるために必要なポイントについて、こう提案します。

  • 「創造的破壊を自社に包含するために、デジタルテクノロジーの活用し、必要に応じてスタートアップ企業を取り込でいく。そして既存の顧客基盤と顧客データを保有する強みを活かすこと」
  • 「物的資産とデジタルサービスとを連動させる価値を探る。そして顧客接点をおさえたうえで、他プラットフォーマーを活用すること」
  • 「事業のあらゆる局面で顧客と共創する。そのためにデータ分析によるアプローチと、デザイン思考によるハイタッチなアプローチを両立させること」

そして、最後にこのように締めくくりました。「デジタル文化の下での新しい仕事の進め方を、経営者の方々が体験し、身をもって理解する。そして、この環境下で戦力になる社員を特定し、更なる能力開発に投資するとともに、徹底的に任せていくことが必要だと考えます」。


日本アイ・ビー・エム株式会社
執行役員
戦略コンサルティング リーダー
池田 和明 氏


事業戦略策定、組織改革を専門領域とし、同分野で20年以上のコンサルティング経験を持つ。大手企業に対し責任者として同コンサルティングを多数実施してきた。近年は、成長戦略策定、新規事業戦略策定、先端アナリティクスによる競争優位性の構築、 ソリューション事業戦略、更なるグローバル展開のための戦略・組織・オペレーションをテーマにしたプロジェクトを手がけている。 1996年にPwCコンサルティングに参画、2001年に同社のパートナーに登用。2002年のIBMによるPwCコンサルティング買収によりIBMコンサルティング事業部門に参画。 早稲田大学大学院創造理工学研究科の非常勤講師 として、『企業戦略論』を担当。

特別ゲスト講演2【IT経営と組織づくり】

大和ハウス工業における
攻めのIT経営を推進するための体制と人財

大和ハウス工業株式会社
上席執行役員 情報システム部長
加藤 恭滋 氏

 「無いものは自分たちで作り出さねばならない」という企業アイデンティティのもと、強みである住宅をはじめ、商業施設、医療・介護施設、農業、ロボットなど、さまざまな事業にチャレンジし続ける大和ハウス工業。業績を着実に伸ばし、10兆円規模の売上という大目標達成に向けて突き進んでいます。そのような中で、IT部門がイノベーションを創出する組織になるために必要なことは何か、そのために同社ではどのような改革を進めてきたのか等、「大和ハウス工業における攻めのIT経営を推進するための体制と人財」と題し、ご講演いただきました。

経営に資するIT部門に向けた構造改革の実践

 大和ハウス工業では、2012年に完了したERP導入プロジェクト後、IT部門において様々な問題が表面化しました。まず、「攻めのIT」と「守りのIT」の対立構造が浮き彫りになったことが挙げられます。IT部門は全体最適化を考えますが、各事業部にはそれぞれが要望する事案があり、それを実行していると部分的な最適化となってしまいます。この問題を解決するため、「全体最適化とマルチタスク解消を目指す改革」、「プロジェクトマネジメントの改革」という2つの改革にチャレンジし、全体最適化と部分的な最適化の両方を獲得する方法を実行することになりました。

 まず、開発の専任化に取り組みました。企画を専任化する発想はよくありますが、我々が着手したのは開発を専任化することです。運用しなければ企画はできないという考えのもと、運用した上で企画し、作りたいものがあったら開発プロジェクトとして管理をするところに引き継ぐという組織改革を行いました。また、新たに情報企画室という組織を作り、プロジェクトが正しく進んでいるかを管理、全体最適化とマルチタスク解消を目指した改革を進めました。ITの開発プロジェクトは不確実性が高く、思うように進捗しないことがよくあります。それを解消するため、優先順位を明確に決め、日数にバッファを持ち、それを“見える化”するなど、プロジェクトマネジメント改革を行いました。これらの改革を実施した結果、以前は大小合わせて350件程度の処理件数だったものが900件程度にまで向上し、約2.5倍という効果を上げています。納期においても、納期遵守率が50%程度から97%程度にまで上昇しています。

予測困難な時代の中で企業成長に寄与するIT組織を目指して

 加藤氏はこれからの時代におけるIT組織のあるべき姿についても言及します。未来を支える最も重要な要素の一つは「技術革新」です。そこで、IT部門が組織として技術革新を実現するためにも、自らシステム開発を主導するような「IT技術者」に回帰すべきではないでしょうか。昨今、ITはどちらかというとスマートな仕事となり、IT部門もコンサルティング業務に近づいています。しかしながら、加速するIT技術の進化をキャッチし、自社の競争力へ変換するには、このコンサル的な仕事やスキルだけではどうにもなりません。次に重要と考えていることは、「マネジメント」です。部門を率いるリーダーは、短期的な成果を求めず、高い目標に挑戦し、常に学習を求め続けること。挑戦に対し完璧を求めず、失敗を許容する風土づくりを主導していくべきと考えています。また、チャレンジできる場所として「砂場環境」を作ることも効果的です。これからの成長を担う若手・中堅に、様々なチャレンジをして着実に成果を出してもらい、新たな技術を取得して成長してほしいと願っています。

 加藤氏は最後にITリーダーの役割についても触れました。「新たな時代に対応できる技術集団を作っておかないと、おそらく取り残されます。予測ができない時代に会社が継続的に成長し続けるため、明確なビジョンをみんなに示さなくてはいけません。我々はどこに向かうのか、こういうことをやるぞ、こういうことをやりなさいと、明確に示すことが必要です」。そして最後に、人財育成や組織づくりへの強い思いも含めてこのように講演を締めくくりました。「失敗を許容する。トライアンドエラー。どんどんやらせていく。その回転を高速化していくことです。その結果として、若手にはマルチタレントになってほしい。いろいろなことに対応できる人財になってほしい。もちろん中堅が学び直し、キラキラした若手の時代を思い出してほしいということもあります。過去の成功にとらわれず、危機感をもってチャレンジする組織を作り上げていきます」。


大和ハウス工業株式会社
上席執行役員 情報システム部長
加藤 恭滋 氏


1978年3月に香川大学経済学部を卒業、同年4月に大和ハウス工業入社。経理部門に配属され、2000年問題の対応のため会計システム刷新のプロジェクトマネージャーを担当。2008年J-SOX推進室長としてERP導入プロジェクトの責任者を務め、2010年情報システム部長に就任。2011年執行役員、2017年上席執行役員に就任。現在に至る。1954年7月31日生まれ。

特別ゲスト講演3【デジタルテクノロジー活用と組織体制】

ANAが挑む、イノベーションを生む企業文化と業務プロセス改革

全日本空輸株式会社
業務プロセス改革室 イノベーション推進部 部長
野村 泰一

 「お客様満足と価値創造で世界のリーディングエアライングループ」を経営ビジョンに掲げ、世界で高い評価を獲得している全日本空輸(ANA)は、ロボット、IoT、AI等の最先端テクノロジーを活用した業務プロセス改革やイノベーション創出に積極的にチャレンジし、さらなるサービス向上や新たな顧客価値創造を進めています。「ANAが挑む、イノベーションを生む企業文化と業務プロセス改革」と題し、事例を交えながら、イノベーション創出に必要な視点や、イノベーション企業文化を育てる施策などについて、ご講演いただきました。

“ビジネス” “お客様” “働く人”、3つの視点でイノベーションを起こす

 ANAにおける、IT/デジタルテクノロジーを活用したイノベーション創出までの経緯について、実践事例を交えて野村氏は紹介しました。自動化が進む以前は、ANAでは「人がしていることを機械に置き換える」という考え方でした。空港に初めて自動チェックイン機が導入された時、案内係を配置し利用を促しても、その利用率は3割程度でした。少ない利用率に留まっていた理由は、そのシステムが効率化という“ビジネスの視点”のみで作られており、利用する“お客様の視点”をきちんと考えてデザインしていなかったことが挙げられます。その後、この経験をもとに、「チェックインの手間を省く」という、“お客様の視点”で考えられたシステムを新たに導入し、その利用率は6割程度まで向上しました。自動チェックイン機も含め、8割が自動化したシステムを利用することになったのです。ビジネス側だけの視点のみでは3割程度だった利用率が、お客様のことを考えると8割程度まで向上し、お客様にも喜ばれるという成功体験が得られました。

 そして、もう一つ“働く人の視点”を加えることが、私たちが最近大切にしている視点です。テクノロジーによる単純な業務の効率化ではなく、働く人の視点を入れながらデザインをすることで、より創造的な仕事を増やし、企業全体のサービスを向上させることが可能になります。人間が苦手な部分と機械が得意な部分とを組み合わせていくことによって、人間は、より人間らしい仕事に集中できます。ここで野村氏はあるたとえ話を紹介します。「子どもたちが日陰で遊んでいて、大きな石があって、石をどけるとダンゴムシがいた。大事なのは、石をどけて、たまたまダンゴムシがいたのではなく、石の下には高い確率でダンゴムシがいることを子どもたちは分かっているということです。働く人、スタッフの視点を取り込むには、これと同じ見方が大切だと思っています。基幹系の、日が当たる仕組みを担当している人は、どこに日が当たっていないのか、つまりシステムのカバー範囲はどこまでで、どこからがシステム化されてないかを一番よく知っています。ロボティクス、IoT、RPAなどの最新のテクノロジーは、いままでシステムがカバーしていなかったような、日陰のエリアに効いてくるような気がしてならないのです」。こういったことから、イノベーションを起こす確率を上げるためには 「ビジネス」、「お客様」、そして「働く人」の3つの視点でデザインすることが必要と考えています。

必要なのは、イノベーションを起こす土壌づくり

 野村氏は、前述の3つの視点を企業文化として浸透させていくためには、それぞれの視点の当事者とのコミュニケーションが必要と述べます。そのための施策として、ANAでは「ワークショップ」、「独自のPOC」、「アジャイル開発」、「新チームづくり」という4つの取り組みを実施しています。

1.「ワークショップ」:

データ分析、テクノロジーからの業務デザイン、プロモーション活動の3つをベースにしながらワークショップを行い、自分たちで企画から作っています。

2.「独自のPOC」:

「3名の部長が共感すれば実施OK」、「詳細は決めなくてもかまわないのでまずやってみる」、「失敗を責めず次につなげる」ANAでは、この3つのルールでPOCを行っています。

3.「アジャイル開発」:

ANAでは、モバイルアプリのソリューションは、アジャイルを使った開発をしています。従来型のウォーターフォールでは、マーケットのスピード、お客様のニーズの把握が難しいので、ある程度作ってみて市場に出し、反応を見る、さらにお客様にインタビューをして開発を行っています。

4.「新チームづくり」:

ネットワーキング、デザイン、プロモーションの3つの業務を行う新しいチームを作りました。これまでは「お客様のためにイノベーションを起こそうじゃないか」というチームと、「社員の働き方改革のためにイノベーションを起こそうじゃないか」というチームがありました。ここに新たな視点として、「他のチームとコミュニケーションをとりながら、新しいテクノロジーやそれを扱う会社などを探り、そこからデザインして新しいプロダクトを生み出す」チームを作っています。

最後に野村氏はイノベーションについて次のように述べて講演を締めくくりました。「イノベーティブな土壌にイノベーティブな花が咲きます。つい花を求めがちだけれども、そのためにはプロセス、もしくは文化、そのためのシステム環境など。さまざまな土壌をイノベーティブなほうに変えて行かない限り、ひとつのアクションだけでイノベーションが起こすということは難しい。だからこそ、イノベーティブな土壌づくりが重要です」。


全日本空輸株式会社
業務プロセス改革室 イノベーション推進部 部長
野村 泰一 氏


インターネット予約やスキップサービスなどANAの予約搭乗モデルをデザイン。日本初のLCCであるPeachの創設に携わった後、2017年4月より現職。最近では、ロボット、IOT、AIなどのデジタルテクノロジーを活用しながらANAのイノベーションを推進する一方で、働き方改革、イノベーションを生む企業文化醸成などのテーマにも関わっている。

パネルディスカッション【経営に資するイノベーション集団へ】

 IT部門主導の企業変革を実現する人財、組織、そして先端IT活用の勘所

パネリスト:
株式会社リコー 執行役員 デジタル推進本部長 石野 普之 氏
株式会社ストライプインターナショナル 執行役員兼最高情報責任者(CIO) ITシステム部 部長 佐藤 光広 氏
味の素株式会社 情報企画部長 古川 昌幸 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社 パートナー 技術戦略コンサルティング 森 祐之 氏

モデレーター:
株式会社ディー・エヌ・エー 経営企画本部 IT戦略部 部長 成田 敏博 氏

 パネルディスカッションでは、株式会社リコー 石野氏、株式会社ストライプインターナショナル 佐藤氏、味の素株式会社 古川氏、日本アイ・ビー・エム株式会社 森氏の4名のCIO、ITリーダーをパネリストに迎え、株式会社ディー・エヌ・エー 成田氏が議論をモデレートしました。各パネリストの自己紹介後、「IT部門がイノベーション組織に変革するために必要なこと」、「IT人財の採用と育成」、「自社ビジネスへの先端IT活用」の3点で議論を展開しました。

IT部門がイノベーション組織に変革するために必要なこととは

 パネルディスカッション前に会場内にてオンライン上でアンケート調査を実施し、9つのテーマから特に関心が高かった3つのテーマに絞って議論を展開しました。最初のテーマは、参加者の6割以上が関心を持っている「IT部門がイノベーション組織に変革するために必要なこと」です。

成田:これは非常に難しいテーマだと思いますが、これまでコンサルティングを通じて、いろいろなIT部門をご覧になってこられた森さん、いかがでしょうか。

森:大事なのは、いろいろな部門の方々を巻き込み、かつ上のほうから順番に啓蒙して味方にしていくことだと思います。トップからの発信、あるいはトップから現場まで全てを巻き込むことが、その本質と考えています。変革がうまくいっている会社は、巻き込むことが非常に上手い。IT部門の方々がいろいろな方とコミュニケーションを取っています。逆に上手くいっていない会社はその時間が短い。なによりも人を“巻き込む力”がイノベーション組織に変わるために一番重要なものではないかと感じています。

成田:私自身もIT戦略部でやっている中、部門の枠組みにとらわれずに、いろいろなステークホルダーを巻き込みながら進んでいくのは、非常に重要なことだと思っています。では次に、古川さんは外部から味の素に入られて、IT部門を牽引されていると思いますが、IT部門がイノベーション組織に変革するために必要なことについてどうお考えでしょうか。

古川:製造業のIT部門は新しい技術に対する興味が湧きにくい環境なので、とにかくメンバーを外に出す、社外の人と触れ合うことを積極的にやっています。そうすることで、自分たちのポジションが、同業の同じようなことをしている人たちと比べてどの程度進んでいるのか、または遅れているのか、部員が認識できます。研修やセミナーにも行ってもらいます。結果として部員の引き出しが増え、もしかしたらこんなこともできるのではないかと興味が出てくる。特に入社して5年目くらいまでの若い人にそういう反応が早く出てきます。イノベーション組織に変えていくために、積極的に外に出ていくことが最も必要なことだと思っています。

成田:“イノベーター”という人材と“オペレーター”という人材がいて、オペレーターがイノベーターに変わっていくことは難しいことと私も思います。変わるために、社外の方々と触れ合うことで情報を得て、新しいことに目を向けてもらうことは重要ですね。では次に、佐藤さんの会社はまさにIT部門が業務側をリードしているイメージがありますが、どういったところに注力されていますか。

佐藤:ストライプインターナショナルでは、2014年まで当社にはIT部門がありませんでした。そこから会社の改革を進めようとIT部門を新設しました。ECチームとITシステム部とが両輪となり、会社のデジタル化やITを駆使したいろいろな業務の効率化を進めようと、いま取り組んでいるところです。その中で、私がIT部員に伝えていることは、店舗の業務、スタッフの業務、それぞれの現場を知らなかったら改革も何もできないということです。現場での業務が想像でき、作り上げられるような、そんな人間になってほしいということを伝えています。

成田:小売業には他の業界と比べ、ITを活用していく余地が非常に多くあると思います。現場をより深く見て、連携を強めていくのは非常に大事な観点と思います。では次に、石野さんは大きなIT部門を今後イノベーション組織に変えていく、まさに旗振り役をしていらっしゃると思いますが、どういったところに気をつけていらっしゃるのでしょうか。

石野:“経営者と話をしているか”“組織の意識改革ができているか”という2点が、私の主要なテーマです。1点目については、役員層とIT部門の間のトランスレーター、御用聞きや目利きをやろうと思っています。経営者と一体となって課題を理解したり、逆にIT部門として提案したりすることが重要です。それができないと、経営と一体となった IT改革はできないと思います。2点目について、まず課題意識としてIT部門だけでもグローバルで1500人程の社員がいて、ソフトエンジニアリング会社も1000人程度いますので、意識改革が非常に難しいと感じています。対策として、2017年4月に本社の開発や運用のITスタッフをソフトエンジニアリング子会社に移し、本社IT部門はデジタル推進本部と名称を変更しました。本社に残るITスタッフはデジタル推進に関わる業務に専念する。名前を変えミッションを明確にして、逃げ道をなくしてデジタル推進を行っていこうとしています。

成田:目利きになるということと、組織のマインドを変えて行くということで、部門の名前を変えて退路を断つ。それにより組織全体に方向性を示しているのですね。

IT人財の採用と育成

 2番目のテーマは、「IT人材の採用と育成」です。昨今、IT業界では人材不足が大きな問題となっています。各社の人材確保、育成についての紹介が続きます。

成田:おそらく、どの会社もIT人材不足は大きな課題になっていると思います。解決に向けてどのような取り組みをされているか、伺いたいと思います。それではまず、古川さんはIT戦略を進める中で、今後必要なIT人材に関してどのような採用と育成の方針を考えていらっしゃるのでしょうか。

古川:味の素では、今いるITの人材は、攻めと守りで言うと、守りの人材が中心です。一方で、経営陣からは『ビッグデータ、 IoT、 AI をやりたいが、うちはどうなっているんだ』と来ます。しかし、残念ながらそれを進めていく人材は、限られておりかつ現業を抱えてしまっています。現在は、外部からキャリアを採用することはしていますが、ITの人材はなかなか採れませんし、人を育てる時間もないのが現状です。そこで、デジタルに強い会社とパートナーを組むことも1つの手段として視野に入れたいと思っています。そして、可能性のある若手人材は、積極的に攻めの人材への転換を、育成を通じて図っていきたいと思っています。

成田:技術の進展を自社だけで進めていくのはなかなか難しいので、他の会社とも連携するということは、今後キーワードの1つになると思います。では次に、佐藤さんはIT 部門自体を新設されましたが、IT人材の採用と育成はどのようになさっていますか。

佐藤:ストライプインターナショナルでは、外部からの採用で経験者を募りました。まずは事業会社の出身の方。これは企業のIT部門がどのようなものかを知っている人をまず揃えることと、現場を知っている人を集めたいという意図がありました。次に社内公募で店舗のスタッフから異動という方法もとります。現在8名で、ようやく組織として動き始める状態になってきています。社内店舗からの部員はじっくり育てる。外部からの経験者には、いろいろと指導しながら進めています。ECチームも連携しながら人材を集めつつありますが、外部との連携も検討しながら進めようという状況です。

成田:内製化は非常に難しく、どうしても外部との連携も必要になってくるかと思います。また、 IBMではIT人材が豊富に所属する会社ではないかと思います。ただ一方で、以前なら IBMやシステムコンサルタント会社に行っていた人が、最近では事業会社に流れている面もあると思います。そのような状況下で森さんは、どのような形で採用や育成を進めているのでしょうか。

森:新しい職種を作るというのも1つですし、評価制度を作ってモチベーションを高めるのも1つの手法です。例えばIBMでは、デザイナーという職種を作りました。ただ時間もかかります。ですから、採用と育成をじっくり行いながら、外部を活用して時間を買うことも、合わせ技としてやっていくしかないのではないでしょうか。人材コンサルティングとして、見込みのある人を探すためのスキル評価のお手伝いをすることがありますが、必ずしもIT人材はIT部門からと限る必要は全くありません。もっと広い視点で探すことで、より多くの候補者を見つけられるのではと思うことはよくあります。

成田:では次に、石野さんはまさに今組織を大きく変えることを進めている中で、社内の人材のスペシャリティを高めることを、どのように進めていらっしゃるのでしょうか。

石野:まず本社(リコー)ですが、イメージとしては社内コンサルになってほしいと思っています。コミュニケーションがとれる、新しい技術を吸収する、そして何が重要なのか本質を見極めて、ビジョンを作ることをやっていかなくてはなりません。一方、ソフトエンジニアリング会社(リコーITソリューションズ)では、徹底的に技術を磨いていくための仕組みを作りたいと考えています。AI やセキュリティはキーとなる技術なので、組織を横断して一緒に高めていくような仕組みをいろいろやっています。

成田:DeNAでは、育成という点ではメンバーにビジネス側の話ができるようになってもらいたいと考えています。そこで一部のメンバーには、各事業部はじめバックオフィス系の部門と兼務をしてもらっています。実際に業務の中を見て、ITの側面からBPRをはじめ様々な業務改善ができるような取り組みをしています。また、採用という点においては、弊社が新たに事業の柱の一つにしていこうと進めているAIの領域はIT人材の中でも最も人材の確保が重要です。特に重要性が高いのがデータサイエンティストとAI研究開発エンジニアの2つの職種です。そこで、獲得競争が激しい社会人だけでなく、本テーマを研究対象としている学生をインターンとして受け入れる取り組みにも力を入れています。

自社ビジネスへの先端IT活用

 最後に、「自社ビジネスに対して先端ITをどのように活用しているのか」、各社の取り組みが紹介されました。

成田:今、新たに様々なITテクノロジーが出ています。そこでこの先端ITをいかに自社のビジネスに適応させていくか、各社の取り組みを伺いたいと思います。森さんはさまざまな会社を支援されていると思いますが、先端テクノロジーをビジネスへ昇華させるということを、どのようにご覧になっていますか。

森:最近の技術の特徴として、何か1つの技術をそのまま使っても何もできないことが多いと思います。携帯電話/スマートフォンを配ったからといってそれだけではさほど変わりません。 AIだけでも同様です。組み合わせてやらないと1つのことを成し得ない。目利き力と組み合わせ力とでも言うのでしょうか。困りごとを一緒に考えて、何を解決するのか、そのためにどんな技術が必要なのかという順番で考えないと、うまく使えない時代になってきていると感じています。

石野:リコーでもいろいろ新しいものに取り組んでいることは間違いありません。例えばクラウドは何年も前の黎明期から導入しています。その能力や枠はものすごく広がっていて、実際かなり活用しています。ただ、クラウドは手段であって目的ではない。当初は、目的のように言われていましたが、私はいまだに手段だと思っています。

古川:味の素は物を作っている会社なので、工場などの生産現場に新しい IoT の技術を使いたい。工場にセンサーをたくさんつけました、1秒単位で設備のデータを取りました、じゃあデータを集めて何をしますかという話ですね。その1つの出口は、設備の状況をモニタリングして保守に使うというものです。また、作っているものの状況がしっかり見える化できることで、どのくらいで仕上がりそうか、結果として在庫がどのくらいか、いつ生産したものの在庫が何個くらいか、それを販売と連携させていく。そういったバリューチェーンの高度化にも、しっかり IoT の技術を使っていこうと思っています。

佐藤:ストライプインターナショナルでは、RFID を全店で、全商品に導入することによって、在庫の管理が飛躍的に楽になりました。今までは棚卸しの際、1万点とか2万点の在庫を人が数えて何十時間もかかっていたものが、RFIDにより1時間ほどで終わるようになりました。その結果、店舗での接客時間が増え、スタッフがお客様をより深く理解するための時間を作ることができました。ただ、そうは言っても様々なお客様がいらっしゃいます。弊社が注目しているIT領域は、ビッグデータです。どういう意図や経路で当社のEC サイトにアクセスしていただいたか、このお客様は普段どういうお買い物をされているのか。それらを見ながら当社のビジネスで活用していこうと、遅ればせながら始めているのが現状です。

成田:DeNAでは、今後AIに力を入れていくということを経営方針上で示しています。既存事業の活用もそうですが、AIによって新たな事業を作っていかないと会社として存続していくことができないのではないかという危機感があります。そこで既存の事業以外の新たな取り組みとして、自動運転のオートモーティブやAIを活用して創薬業務を行うヘルスケア、そして横浜DeNAベイスターズに代表されるようなスポーツの分野でのAI活用を進めています。

以上、各企業のCIO、ITリーダーが登壇した今回のパネルディスカッションは、多くの方々が関心を持つテーマを取り上げ、各社の具体的な取り組みを紹介しながら進められ、貴重な情報交換/情報提供の場となりました。

企画者からの御礼

株式会社ビジネス・フォーラム事務局
プロデューサー 北村 将

 この度は「CIO Forum 2018 経営に資するイノベーション集団へ ~IT部門主導の企業変革を実現する人財、組織、そして先端IT活用の勘所」 に多数ご来場を賜り、誠にありがとうございました。
当日はディスカッションへも積極的にご参加・ご質問をお寄せくださいましたことにより、盛況のうちにフォーラムを終えることができました。改めて御礼申し上げます。

IT技術の進化が著しい昨今、IT部門主導による企業変革の重要性がますます高まる一方で、IT部門はどう立ち向かうべきなのか。この問いに向き合う中で、「経営に資するイノベーション集団」という着想を得ました。当日のプログラムでは、IT部門主導の企業変革の実現に向けた人財、組織、先端IT活用の勘所について、4つの単独講演とパネルディスカッションにて、検証して参りました。皆様のご参加、当日のご協力誠にありがとうございました。

ビジネス・フォーラム事務局では、今後も皆様の課題解決のヒントとなるようフォーラムを企画してまいります。 企画・テーマ等にご希望・ご意見がございましたら、ぜひこちらまでお寄せ下さいませ。

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