CDO Interview vol.3

株式会社三菱ケミカルホールディングス CDO 岩野 和生 氏

2018/06/18 (  月 )

CDO Interview vol.3

テクノロジーと思想による
デジタルトランスフォーメーションへの水先案内人

株式会社三菱ケミカルホールディングス
執行役員 先端技術・事業開発室 CDO 岩野 和生 氏

株式会社三菱ケミカルホールディングスでは、IoTやAI を含む最新・先端技術の探索および、それら技術の活用や外部機関との連携による事業競争力強化、新規事業の創出を推進するため、2017年4月、新たに「先端技術・事業開発室」を設置。デジタル技術に関する研究をリードしてきた岩野氏をCDOとして選任しました。神岡教授から岩野氏へ、CDOにつき、質問をしていきます。

岩野様のこれまでのご経歴とCDOになるまでのいきさつをお聞かせください。

岩野:日本アイ・ビー・エム株式会社で研究開発に携わっていました。元々はアルゴリズムや組み合わせ最適化の研究者です。1995年にIBM Researchの東京基礎研究所の所長になり、日本の基礎研究所のグローバルな貢献に注力しました。丁度、インターネットが普及しはじめ、モノからサービスへとビジネスが変化するなかで、会社も業態を大きく変える時期でした。幸い私たちのいくつかの研究はグローバルにも大きな影響を与えることができました。Java Just In Timeコンパイラー、XMLパーサー、ThinkPadの低消費電力技術、Digital Watermark、擬似乱数生成、デジタルライブラリーなどはそれらの一部です。その後、IBM T. J. ワトソン研究所で、オートノミックコンピューティングという、インフラやシステムの分散協調による自律的なコンピューティングを担当しました。当時これは新しい考えで、世界的に企業、大学、政府を巻き込んだ大掛かりなイニシアティブの立ち上げに関わっていました。次に、IBM Corporationが、社会に根本的なインパクトを与える目的でEBO (Emerging Business Opportunity)という新規事業を始め、その活動に参加しました。EBOは、テクノロジーをベースにした新しい価値を提供するというもので、現在のCDOの活動に近いものでした。グリッドコンピューティング、クラウドコンピューティング、スマーターシティなどを展開しました。

その後、日本アイ・ビー・エムを卒業することになり、社会に影響を与える仕事をしたいなと思っていた矢先、ITを使った新規事業を起こす手伝いができないかとの誘いがあり、三菱商事に入りました。それと同時期に国立研究開発法人 科学技術振興機構の研究開発戦略センターでITに関する政策提言にも携わりました。

そして去年、三菱ケミカルホールディングスからCDOを設置するということで、声がかかりました。ITがデジタルトランスフォーメーションを通して、会社、業界、社会に影響を与えていくという意味で、弊社だけでなく、いろいろなユーザー企業にとっても大事な先例になり、やりがいのある仕事だと思い、引き受けました。

テクノロジーを単にテクノロジーで終わらせるのではなく、会社の価値や、競争力に結び付けることを所長自らされたのは面白いと思いました。最近は、お客様に近い川下のCMOからCDOになる人以外に、テクノロジー出身で川上のCTOからCDOになる方が増えています。岩野さんは、研究組織のリーダーを超えて、研究をどう会社の強みに変えていくか、その会社の舵取り、トランスフォーメーションに関わってこられたのですね。単にテクノロジーをやっていた、R&Dをやっていたということだけではない、プラスアルファなことが結構あると思いました。

岩野:IT投資が、どのように国やビジネスに影響を与えるかということは、1990年代に米国を中心にかなり研究されました。そこで分かったことは、IT投資を単に増やすだけではダメだということでした。風土や制度を変えて初めて大きな効果が得られるというものです。そして、その頃からもう一つ議論されてきたことが企業や個人のアカウンタビリティーということです。つまり、企業や個人は社会から受け入れられ社会的責任を果たさなければ成り立っていかないのです。企業、個人、専門家の社会との関係が問われています。そういう意味でCDOも企業や社会との関係においてそのような責任があるのだと思います。

CDOとしてのこの会社での役割をお聞かせください。

岩野:基本的には、この会社にデジタルテクノロジーやその考え方によってデジタルトランスフォーメーションを起こす。それが使命です。現在起きているテクノロジーの革新的な進歩は、ビジネスや社会に大きな影響を及ぼす可能性があると考えます。しかし、それらの変革はまだイメージできていません。私たちは、会社の水先案内人になって、私たちだけではなく、会社全体でデジタルトランスフォーメーションを起こすようにしていきます。そのためには、会社の風土の変革も大事です。デジタルネイティブな組織風土を目指します。そのためには人事制度や様々な仕組みが必要となります。例えば、デジタルトランスフォーメーションに関わる人たちが、切磋琢磨し、キャリアパスもきちんとして、安心して働けるような。そういう場作りもCDOの役割だと思います。

  • テクノロジーを会社の価値や競争力に結び付ける
  • デジタルテクノロジーを使って、会社の変革やビジネスの変革を起こす
  • デジタルトランスフォーメーションを起こす水先案内人

CDOとして特に重視されていることはございますか?

岩野:従来のITのユーザー系の企業でよく勘違いされやすいのが、イノベーションやデジタルトランスフォーメーションを技術だと思ってしまうことです。技術をどう使うかという考えなのですが、それは違います。それは短期的な話です。本当にデジタルテクノロジーで会社をどこまでもっていくかを考えるには、ビジョンとロードマップがあって、マイルストーンがあって、テクノロジーとそのソリューションのポジショニングができていないと、それで終わってしまいます。その経験が伝搬しないのです。我々が水先案内人として意識を変えないといけません。

得てして、画像解析だったらあそこに、ディープラーニングだったらあそこに、という発想になりがちです。そうやってベンダーを見つければいいのではなく、この技術と考え方でどういうふうに会社をもっていくか。社会に対するどういう新しい見方、流れをつくるのかというところが重要です。これが会社全体にどう影響を及ぼすのか、全体で考えないといけない。そういう意味の、コンピューテーショナル・シンキングがすごく重要です。コンポーネント化とインテグレーション、仮想化やアーキテクチャ的にどう考えるかといったことですね。

会社の中でのCDOの位置づけはどのようになっているのでしょうか?

岩野:ガバナンス上は先端技術・事業開発室に属していて、そこにCIO(Chief “Innovation” Officer)がいる。その下にCMOとCTOとCDOがいるという形です。そしてホールディングスとして、全体的なイノベーションとデジタルトランスフォーメーションを、どう起こすかということをやっています。

横串的には、我々自身が動いていろいろなところとブレインストーミングを何回もやっています。AI、IoT推進会議を作ってディレクションを議論したり、テクノロジーとか、考え方などのホットトピックスを議論しています。経営者会議でこういうふうにやりたいと発表もしました。今年度前半は事業部の信頼感を勝ち取ることに比率を置いています。できるだけ事業部とかプラントに行って、エンジニアなど、いろいろな人と話すことを強く意識しています。我々が会社のプロジェクト全てに顔を出すわけにはいきません。そこは持続可能な形に持っていかないといけない。それをやるための仕組みを必死になって考えているところです。

CDOのチームはどのようになっているのでしょうか?

岩野:必要な人材はストラテジーとか、デジタルビジネスコンサルタントとか、データサイエンティストなどです。他にもさまざまな人材が必要です。社内にいる人と、外部から専門家を入れることで、こういった人員を確保しようと動いています。専任と兼任という混成チームで、まだ三分の一ぐらいです。外部採用は結構順調ですが、内部はすごく難しい。いい人は必ずいいプロジェクトをやっているので異動が難しい。そこが苦労の種です。

 

今までCDOとしてチャレンジしていたことは。

岩野:今、特にチャレンジしているのは、信頼関係をつくるということです。現場と密着して動こうとしています。ある意味、エグゼクティブの人たちも、いろいろな思いを持っていると思うのです。我々の援護者、サポーターのような人が、どんどん増えていって同志になることが重要だと思っています。
そして、何のために我々はここにいるのかですね。今までの事業部や今までの人でできることをやっていたのでは意味がありません。やはり、会社全体、社会に新しい流れをつくることが使命のはずです。そこをしっかり考えて手を打っていくこと、どう我々の行動パターンの中で整理して。頭も切り替えて議論していくか。そしてネットワークを作っていくのはチャレンジですね。

 

CDOとしての能力や人材に関してご意見をお聞かせください。

岩野:テクノロジーはものすごい勢いで動いています。それを常に分かっている、これはこういう方向に行っているという肌感覚を常に持っている、これはどこを押さえておかないといけないのか、そういうことを分かっている必要があります。感性みたいなもの、テクノロジー自体をある程度深みをもって分かっていて、それがどういうインパクトをもたらすか。インプリケーションを考えていくということを常にやっていかないといけません。

テクノロジーに関して、あまり日本人は得意ではありません。しかも、ベンダーの力もだいぶ落ちてきているので、ベンダーが言っているだけだと分かりません。自分で考えないといけないのです。その世界で一番すごいという人をアイデンティファイして、彼らが、彼女たちが言うことをきちんと押さえたうえで、自分で考えていくことが、すごく重要です。

そして、デジタルテクノロジーが社会、会社の関係、個人の関係に、どういう影響を与えるべきかを考えていかなければなりません。どういう価値観でプロジェクトを選んでいくか。周りの会社も私たちの活動に影響を受けてやっていくことが、ある意味、日本の底上げになっていくだろうと信じています。

デジタルトランスフォーメーションが何を意味して、日本の社会で何をしないといけないのか。そのためにはどこを掘り下げるべきなのか。そういう方向に議論を進化させることを、我々自身が意識しないといけないと思っています。一過性のファッションにならないようにと戒めています。

参考になるお話をありがとうございました。

インタビューアーからのコメント

CDOは業種や企業によって、その役割やスタイルが異なると言われていますが、このインタビューシリーズでもそういった側面が垣間見られるかもしれません。前回はB2C企業であるロレアルのCDO、長瀬氏にインタビューさせていただきましたが、今回の対象はB2B企業である三菱ケミカルのCDOである、岩野氏です。お二人とも、デジタルに対応した組織にトランスフォーメーションすることを課題としていることは共通していますが、それぞれの企業の特長からでしょうか、CDOとして強調するポイントには差も見られます。長瀬氏は、デジタルチャネルとテクノロジーをうまく活用し、顧客の変化に機敏に対応して価値を創造するのかということにフォーカスされていました。岩野氏の場合、そういう側面もありますが、より長期的な視野で、企業におけるデジタルのビジョンや体制をしっかりつくること、深いレベルでテクノロジーのトレンドを理解することを重視しています。しかも、それがテクノロジーを利用するということに終わるべきでなく、企業や社会をいかに変えるのかにつなげることを強調されていました。岩野氏は、実直で、物事を論理的にとらえるだけでなく、その深い洞察を、うまく他の人に伝えることに長けた方だという印象を受けました。

一橋大学商学研究科 教授 / CDO Club Japan顧問
神岡太郎

【企画・編集責任者】
ビジネスフォーラム事務局 プロデューサー 進士 淳一