CDO Interview vol.7

株式会社LIXIL 金澤 祐悟 氏

2018/06/18 (  月 )

CDO Interview vol.7

デジタルの導入によって、これまで想定していなかったパートナーが生まれる

リアルな購買プロセスにデジタルを取り入れて需要を喚起する

現場が自ら変わろうとする環境を用意してあげることもCDOの役割

株式会社LIXIL 取締役 専務役員
Chief Digital Officer(CDO)兼 マーケティング本部
本部長 金澤 祐悟 氏

株式会社LIXILでは、2016年にCDOの役職を新設し、金澤氏を招聘しました。金澤氏はLIXILグループの代表執行役員兼CEOの瀬戸欣哉氏と、工業用資材の通信販売会社MonotaROを創業したメンバーの一人です。瀬戸氏とともに―“起業家精神を大切にするボトムアップの文化”―というカルチャーを根付かせようとしている金澤氏に、CDOとしてどのようにLIXILでデジタルを活用しようとしているのか、神岡太郎教授が聞きました。

金澤様のこれまでの経歴と、CDOとしての会社での役割をお聞かせください。

金澤:1999年に住友商事時代に入社し、いくつかの事業を担当した後、MonotaROの起業に関わりました。その時の経験からアントレプレナーに興味を持ち、同社を退職してアメリカに渡り、マサチューセッツのバブソン大学経営大学院でMBAを取得しました。その後、MonotaROの他、アメリカでMonotaROと同じビジネスモデルの新会社Zoro Toolsを立ち上げ、ロンドンのW.W. GraingerのVice Presidentを経た後、現在のLIXILグループのCDOに就任しました。

近年、新築住宅の数が減り、LIXILの製品もリフォームでの需要が増えてきました。そうなると、これまで以上にエンドユーザーにLIXILを知っていただくための工夫が必要で、その課題を解決するためにデジタルを活用しようと考えています。メーカーとしてただ単に良い商品を作っていれば売れるという時代ではなくなり、よりエンドユーザーに近づくというミッションを実現するのがCDOの役割だと思います。

一方で、デジタルによって新しいビジネスも生まれています。欧米市場では昨年から新たに、水漏れを検知するとスマホに通知が届く「GROHE Sense(グローエセンス)」というIoT技術を活用したスマート製品を発売しました。もともとはコンシューマ向けに開発された商品だったのですが、ヨーロッパは日本と違って古い建物での水漏れ事故が多いため、損害保険会社から注目されました。このように、あらかじめ想定していなかったパートナーと連携するようになるなど、デジタルによって新しい可能性や価値を見出していくこともCDOの重要な役割であると思っています。

住宅設備・建材の総合メーカーという業態の中で、どのようにデジタルを活用しようと考えているのですか?

金澤:システムキッチンなどは、インターネットで写真を見てそのまま注文するような商品ではありません。だからこそ実物を見てサイズや色などを確かめるショールームが必要で、そういう場所でのデジタルの活用を考えています。たとえば一つの事例として、お客さまからいただいた自宅キッチンの写真に商品を組み込み、リフォーム後のイメージを画像で提案したり、お客さまの体格に合わせてサイズ調整した商品を3Dで見ることができるようにしていきます。またVR(仮想現実)のシステムを導入してリフォーム後のキッチンを疑似体験できるショールームがあれば、お客さまが選んだ商品と仕様だけでカスタマイズされたカタログを印刷し、自宅に帰って家族で一緒に検討していただくことも可能です。今後は自宅のキッチンに立つと商品がそこにあるように見える、AR(拡張現実)の活用も考えています。

車を買う前の試乗のように、大きな買い物をする際の顧客体験に関して、われわれのような住宅設備メーカーは遅れていました。そういった部分をデジタルで補完し、お客さまが納得して新しい生活をイメージしやすくすることが大切だと思っています。デジタルをeコマースだけでなく、リアルな購買プロセスの中にもいろいろとちりばめることによって、購買を喚起していこうと思っています。

社内におけるデジタル化の取り組みについてはどのように進めていますか?

金澤:デジタル化の取り組みで大切なことは、スピード感だと思っています。そのために必要なアプローチの一つが、現場の判断のボトムアップです。とはいえ、急に現場でいろいろなことを判断しろと言われても、簡単にはできません。そこで、データで判断しようと言っています。現場でデータが取得できる環境を作り、そのデータを使って判断します。たとえば、今はテレビに付けたカメラで顔認証を行い、コマーシャルを見た視聴者の反応を世代や性別に分けて具体的に数値化できる仕組みなどもあります。こういったデジタルの仕組みをクリエイティブの現場にいる社員が活用できれば、トップよりもスピーディで効果的な判断が下せると思います。

たとえそれで失敗したとしても、現場が責められることはありません。それよりも、早く失敗に気付くことが重要で、時間をかけずに小さく失敗したことをその後の大きな成功につなげていけばいいのです。このように、失敗を恐れずに新しいことに挑戦できるカルチャーを作るために、現場が自ら変わろうとする環境を用意してあげることもCDOの仕事です。

これからCDOを目指す方、デジタルトランスフォーメーションを実践しようと思っている方に対して、アドバイスになるようなことがあればお願いします。

金澤:MonotaROの立ち上げで感じたのは、多様性が重要だということです。既存ビジネスのスペシャリストとITのスペシャリストでは、話が通じないこともあります。そこのコミュニケーションがないままでは、何も生まれません。そこで、両者をつなげる役割を担うのがCDOの役割です。多様なものをくっつけて大きな力を生み出し、ビジネスモデルを進化させる。すなわち、人と人との橋渡し役になれるような人がCDOに向いていると思っています。

そういう意味でも、すでにデジタルの活用に取り組んでいるICT企業よりも、LIXILのようなメーカーの方が面白いと思っています。これからCDOを目指す人にも、デジタルの基盤がない組織にデジタルの視点を持ち込むことをお薦めします。そのような組織を変えることは大変ですが、達成できた時の成果と満足感は大きいと思います。

参考になるお話をありがとうございました。

インタビューアーからのコメント

CDOに最も期待されることの一つは、デジタル+顧客価値で、イノベーションとトランスフォーメーションを行うことです。金澤氏も「デジタルによって新しい可能性や価値を見出していくこと」と述べられていました。ただ、金澤氏との対談での気づきの一つは、グローバル企業のCDOは、それをグローバルの視野で実現しなければならないということです。 これまの日本企業は、日本で成功したものを海外に持っていこうというのが定番でした。しかし、LIXIL欧州市場でのGROHE Senseの例は、世界中どこでもイノベーションやトランスフォーメーションの起点になり得る、あるいはグローバル企業のCDOはそれを実現できるようにすることが求められていると感じました。デジタルは、そのベースが標準化されているので、世界中でその技術の活用が、事前の説明なくできる。デジタルとグローバルの相性の良さを、CDOは意識しておくべきでしょう。

もう一つ、今回の対談で思ったのは、外からの目線や経験を入れることが、企業のトランスフォーメーションには有効で、外部からのCDOの登用が多い理由につながっていると実感しました。住宅設備・建材については、高額商品にも関わらず、その購買プロセスは、あまりCustomer-friendlyではありませんでした。お客は、自宅に合わない商品を買ってしまったことを、実際に設置してはじめて分かる。売り手に不満をもちながらも、諦めるしかなかった。VRやARのように他の商品では使い始めている技術を、素直に自社でも使ってみればと思い、実行するのは、外から採用されたCDOの方が容易だと思われます。従来から働いている人には、何となく今のやり方には問題あるのではないかと分かっていても、自社のやり方が習慣になっていると、なかなかそれができない。

さらに金澤氏は、そのような変化を単純にCDOがトップダウンに変えてしまえ、とはしないで、ボトムアップを重視していることが、大きなチャレンジだと感じました。トランスフォーメーションはトップダウンの方が楽だと思われる一方、結局、社員がその気にならなければ実現しません。このバランスを上手く取れるCDOが、トランスフォーメーションを成功に導けるのかもしれません。金澤CDOの今後の活躍と成果が期待されるところです。

一橋大学商学研究科 教授 / CDO Club Japan顧問
神岡太郎

【企画・編集責任者】
ビジネスフォーラム事務局 プロデューサー 進士 淳一