
この秋、米国ハーバード大ビジネススクールの必須科目として採用された「奇跡のケーススタディー」が、改めて世界から注目されています。それは矢部輝夫氏(現 おもてなし創造カンパニー代表)がJR東日本テクノハートTESSEI時代に、おもてなし創造部長として実践してきた改革です。社員一人ひとりが誇りをもって現場をKAIZENしていく、そのサイクルを生み出したのは、冷静な分析と熱意で支えるマネジメントでした。
講演中には実際のエンジェルリポートの内容も紹介され、トップダウン・ボトムアップ双方からの熱意や、働く誇りが伝わる内容となりました。

TESSEIは新幹線車両内の清掃を担う会社です。かつては、会社を存続する意思が薄く、どんぶり勘定で意志不統一、働く人のモチベーションも低下、と負のスパイラルが続いている状態でした。この連鎖を断ち切るには、3Kと呼ばれる清掃のイメージと意識を変える新しい価値観の創出が必要です。そこで私は、自分たちを「世界最高の技術を持つ新幹線の車両を、お掃除という面から支える技術会社」と定義し、従業員にもっと誇りを持つことを伝え、7つのスイッチを押しました。そのエネルギーを受け、スタッフたちが一生懸命やってくれたおかげで、TESSEIは今や世界が注目する現場となったのです。
アメリカのCNNにより、私たちの仕事ぶりは「seven minutes miracle(奇跡の7分間)」と報道されました。東北新幹線が東京駅に到着してから、発車するまでの清掃の持ち時間は7分。7分の間に一人当たり1両100席の清掃を行います。年間40〜50件あったクレームは、現在では5〜6件、それも列車の到着が遅れ、JRから作業短縮の指示がきた時に集中しています。こうした仕事ぶりが世界に認められているのは、平均年齢50歳というTESSEIを支える従業員たちが、誇りを持ってきびきびと行動し、完璧な仕事をしているからです。

私が押したスイッチの1つ目は「仕事の再定義」です。我々の商品は「思い出」だと定義すると、社員が「私たちの仕事場は新幹線劇場。主役であるお客さまと脇役である私たちが、ステージの上で素晴らしいシーンを作り、思い出というお土産をお持ち帰りいただこう」と言ってくれました。お掃除をしながら困っているお客さまを見つけて、サポートするコメットさんというチームもできました。
スイッチ2は、「厳しさ」「真摯さ」「熱意」「継続」です。会社の体幹強化、現場のリーダーづくりに取り組み、マニュアルを整備しました。リーダーとフォロワーのポジション、役割も明確にし、現場のリーダーにチェックを実施させ、よりミスのない仕事に導きます。
スイッチ3は「真のマネジメント」。スイッチ4は「許容」「一流の実行力」です。スタッフの建設的な提案に対して「ノー!」とは言わず、戦略は二流、三流でもいいから、一流の実行力でどんどんやっていこうと言い、様々なスタッフのアイデアを採用しています。
スイッチ5は、「トップダウン」「本気」「ボトムアップ」です。社員と定めたキャッチコピー「さわやか、あんしん、あったか」をトップダウンで始め、ボトムアップで完成してもらう。スタッフが思いを素直に発信し、実践しています。
スイッチ6は「認め合う」ことです。社内に約30名の「エンジェルリポーター」という役割ををつくり、よいと思った人と内容を報告してもらい、表彰もします。こつこつと地道に頑張る人にもスポットを当てることができ、成功体験の共有ができます。
スイッチ7は、「見られる」です。お客さまと社会に見られること。TESSEIの活動が社会に認められ、マスコミに取り上げられることが社員にとって新たな誇りと自信となっています。
生産は現場にいる人々によって行われ、そこで働く人々はさまざまな想いを持っています。社員の意欲の源泉は、まず生活と身分の安定、そして組織と社会に認められることです。どんな仕事、どんな人生でも誇りと生きがいをもった瞬間から、幕が開けます。私達が実践したのは、スタッフの存在意義を再定義し「新しい時代が来た」と思ってもらえるよう現場を改革することです。会社の本気が伝わらなければ、思いは伝わらないのです。アイデンティティ、会社の伝統・歴史といった変えてはならないものを見極め守りながら、知恵と工夫で経営を共創していきました。