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Executive CX Conference 2017 開催レポート

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Executive CX Conference 2017 -2/3

特別ゲスト講演Ⅲ【顧客接点のマネジメントと組織連携】

 

ANAが挑むカスタマー・エクスペリエンス(CX)向上と顧客起点の新たな価値創造


ANA X 株式会社 代表取締役社長  稲田 剛

 

 

カスター・エクスペリエンス向上は会社の利益向上につながる

 

 ANAのマイレージクラブに関わるマーケティング部門の一つが2016年12月に独立し、ANA X 株式会社として業務を開始した。マイレージプログラムの企画運営などの事業領域に加え、今後、ANAグループが航空券のチケット販売以外のビジネスとのシナジーを目的に、カスタマー・エクスペリエンスを如何に向上させるか同社が行う活動や考え方について、代表取締役社長の稲田氏が語った。

ビジネスモデルが変化する航空業界

 

 世界の航空業界は航空券のチケット収入が頼りのビジネスモデルから、付帯事業を含む複数の収入源を確保するビジネスモデルに変わってきました。欧米は特にそのスピードが速くなっていて、今や大手航空会社もLCCも垣根がなくなってきました。

 

 これまで、マイレージサービスのようなFFP(Frequent Flyers Program)は、航空会社の中では搭乗プロモーションの手段、いわゆるコストセンターと位置づけられていました。それをプロフィットセンターとして価値を最大化していくことが、われわれの取り組みです。ANAグループには不動産ビジネスの会社もあれば商社もあります。せっかくグループの中でさまざまな事業のお客様接点があるのなら、それぞれの会社が獲得しているお客様を共有できないかと考えました。ANA Xはマーケティング・プラットフォームの構築を目指します。お客様と多面的かつ長期に繋がり、航空券を買ったらスーツケースはいかがでしょうか、海外に行くには両替も必要ではありませんかと、お客様を囲い込んでいきます。これまでの企業の考え方は、お客様に生涯にわたって財布を開いてもらうことに価値があるというものでした。対してANA Xは、お客様にとって一生涯付き合う価値がある会社になることが大切と考えています。

 

 ANAグループの営業利益の推移を見てみると、航空事業は環境に大きく影響を受けるために、浮沈を繰り返した時期がありました。一方で、航空機材などへの投資は常に続けなければいけません。その投資を支える安定した収入源がどこかにないと、企業として成長できないリスクがあります。私は6年前にANAのマーケティング室に配属された時、それを支えるために航空事業と離れたところでビジネスを立ち上げようと思いました。ANA Xはパートナー会社と多面的かつ長期的につながって周辺事業を展開したいと思っています。

アングルを変えて発想すると真のエクスペリエンス提供も可能

 

 

 実際にカスタマー・エクスペリエンスの向上は、企業にとってどのような価値を生み出すのか。例えば、新規のお客様を獲得するには、膨大な営業コストがかかります。それに対して、一度サービスをご利用いただいたお客様がその体験価値をご評価いただいてリピーターとしてご利用いただければ、営業コストは抑制できます。一般的にそのコストは5倍近く違うと言われています。そして、リピーターのお客様の離反を5%改善すると、営業利益が25%改善されるとも言われています。したがってカスタマー・エクスペリエンスを向上させ、ロイヤリティマーケティングをワークさせることは結果的に、営業利益の向上につながると考えています。

 

 カスタマー・エクスペリエンスを向上させるには、サービス品質向上やクレーム対応が重要で問題解決のための業務改善や投資が必要という議論がよくされます。ですが私は、それだけではなく、お客様が真に必要としているエクスペリエンスを提供するには、アングルを変えて発想してみることも重要だと思っています。例として「エレベーターの話」があります。話の舞台は、ホテル。「エレベーターの待ち時間が長い」とクレームを受けることが多くなったので解決策が検討されました。1)増設2)機種変更3)制御装置新設。結果、どれも採用しませんでした。エレベーターホールでの待ち時間のストレスを“鏡(ミラー)”を壁面に設置することによって“長く感じさせない仕掛け”としたのです。これは、人は鏡があると身だしなみを整えるなどする行動心理をうまくソリューションに結び付け、設備工事の大きなコストも免れたケースです。また、ディズニーランドでは、長い行列の待ち時間を退屈に感じないように、列を進む途中でプレショーを見せるなどのエクスペリエンスをうまくプロデュースしています。“待ち時間”をエクスペリエンスとして捉えたこれらの事例に考えるべきヒントがあるのではないでしょうか。

 

 われわれはもともとANA社内の部署だったのですが、ANAグループ全体としてカスタマー・エクスペリエンスを向上させるための活動や事業開発を、そのまま社内で進めていくことに限界を感じていたため、社内分社化の道を選びました。そのまま社内でも活動できるのではないかと言われたこともあったのですが、事業を持つ単体企業の中ではプライオリティの付け方に相違が生まれがちとなることは否めませんでした。グループ経営の中で独立したこのような事業形態は、ルフトハンザとカンタス航空が先行しています。この2社が我々にとって参考となりました。インタビューをすると同じ悩みを持って踏み出していたことが分かり、勇気をもらいました。

 

 一般的な起業と社内での起業・分社化は似ているようで異なります。参考までに、社内で実現させるには「トップ、タイミング」「孤独、信念、仲間づくり」「波紋、蟻の一穴」「人材、人財」という4つのキーワード群があると実感した次第です。始動時にまず経営トップの意志があり、そして応援者となる関係役職員たちがタイミングよく存在しました。また、多くのスタッフは、新しいチャレンジにワクワクしていたのですが、本籍の会社から新会社へ出向することに複雑な気持ちを持つスタッフもいました。そのため、新しいチャレンジに共感してもらえるように丁寧な仲間づくりが欠かせませんでした。そして、辛抱強く活動しているとだんだん周囲から理解してもらえるようになり、少しずつ波紋を広げることができました。最後にすべてに共通することですが、人を育てることと獲得していくことが重要になります。これらがそろってこそ事業の成功へと向かって漕ぎ出せる。それが社内起業であり分社化なのではないかと振り返って感じています。この話が特に大きな組織で同じようなスタートをご検討の方にとって少しでもお役に立つ情報となれば幸いです。

ANA X 株式会社
代表取締役社長

稲田 剛


1989年にANA(全日本空輸)入社。生産本部・販売計画部・宣伝部を経て2012年よりマーケティング室ロイヤリティマーケティング部長としてANAマイレージクラブ・ANAカード・AMCコマースサイトの企画・開発・運営、他の航空会社・会員組織・企業との連携を統括。2016年10月よりANA X 株式会社 代表取締役に就任。

協賛講演【顧客接点の最適化とオペレーション変革】

 

顧客の時代に求められる
カスタマー・エクスペリエンスの改革とAI活用


株式会社セールスフォース・ドットコム マーケティング本部
プロダクトマーケティング シニアマネージャー

大森 浩生

 

 

AIの活用で日本独自のカスタマー・エクスペリエンスを

 セールスフォース・ドットコムは1999年にサンフランシスコで起業し、CRMを基盤としたサービスをクラウドによって提供している。同社のサービスでは、カスタマー・エクスペリエンスの実現に積極的にAIを活用している。カスタマー・エクスペリエンスの中でどのようにAIを活用すべきかについて、海外の事例を紹介しながら、マーケティング本部 プロダクトマーケティング シニアマネージャーの大森氏が語った。

カスタマー・エクスペリエンスの重要性に企業が気付き始めた

 

  歴史を振り返ってみると、1700年代後半に蒸気機関による第1次産業革命が起きました。1800年代には電機による第2次産業革命が起き、1970年代にはコンピューティングによる第3次産業革命が起きます。そして今、インテリジェンスが主体になる第4次産業革命が起きようとしています。第4次産業革命では、AIをはじめとする次世代のテクノロジーを活用して、お客様と新たな形でつながっていくことが重要になります。

 

 この10年、テクノロジーが私たちの生活をすさまじいスピードで変えてきました。特にスマートフォンの登場によって、欲しい情報を瞬時にパーソナライズされた状態で受け取れるようになりました。第4次産業革命のポイントは、お客様が最新テクノロジーを駆使して情報武装する時代ということです。情報武装したお客様は、さまざまな製品やサービスの質に対して今まで以上に期待し、その期待にどう応えるかが企業にとって重要な課題になります。昨秋、セールスフォース・ドットコムが全世界の2600名の消費者や企業幹部を対象に行ったアンケート調査では、消費者の69%が「パーソナライズされた対応でその企業に対するロイヤリティが高まった」と回答しています。カスタマー・エクスペリエンスの向上が、企業のブランド価値を向上させているのです。さらに、サービス部門担当の経営幹部のうち85%が「カスタマー・エクスペリエンスが競争上、重要な差別化要因である」と回答しています。このように、企業側もすでにカスタマー・エクスペリエンスが今後の戦略として重要と捉えており、この2年間で61%の企業がカスタマー・エクスペリエンスに投資したという結果が出ています。

 

 カスタマー・エクスペリエンスの具体的な内容に対しては「問い合わせのリアルタイムな対応に期待する」という回答が消費者から64%、企業から80%という結果でした。それに対して現在の対応は、「サービスのレベルにばらつきがある」が同73%と78%、「対応する部署によってエクスペリエンスにばらつきがある」が同65%と73%でした。すなわち、お客様は店舗とコンタクトセンターとで回答が異なっていたり、営業とサポートチームの間で認識がずれていたりすると不満を感じます。お客様が求めているのは、迅速かつ一貫性のある高品質な対応です。企業はさまざまなテクノロジーを活用して、お客様からのあらゆるコンタクトポイントに対してシームレスで一貫性のあるサービスを提供する必要があります。

人とデジタルが融合し、
リアルとバーチャルで日本でしかできないおもてなしを

 

 

 すでに、企業がAIテクノロジーをどのようにカスタマー・エクスペリエンスに応用するのかという検討も始まっています。お客様のことを理解するには、AIに顧客データを学習させることが重要です。セールスフォース・ドットコムはAIと顧客データ、プラットフォームを組み合わせ、誰でもが簡単に利用できる世界でもっともスマートなCRM「Salesforce Einstein」をリリースしました。人材を削減するためのAIではなく、人間を支援するためのAIです。Salesforce Einsteinには、ポータルサイトやコミュニティサイトを簡単に作れる機能があります。これによって、たとえばお客様がWeb上で質問をすると、チャット機能などによってAIが的確なコメントを返します。それでも解決できない場合はエージェントにシームレスに接続され、そこまでのお客様とのやり取りがそのまま引き継がれます。こういった機能を活用することによって、お客様にとっては素早く回答を得ることができ、エージェントにとっては生産性が向上できるでしょう。

 

 ここで、アディダスが進めるAIを活用したカスタマー・エクスペリエンスの最新事例を見てみましょう。もともと、アディダスのコンタクトセンターへの質問は30%以上が出荷状況や返品手続き関する問い合わせだったので、これらについてチャットボットで対応することにしました。その際に重視されたのは、「コンタクトセンターに簡単にアクセスできること」「すべてのチャネルからシームレスなサービスが受けられること」「状況に合わせて適切なエージェントが対応すること」「ボットによるセルフサービスで迅速に解決すること」という4つのポイントです。通常、企業がボットサービスを導入する目的のほとんどがコスト削減です。それに対してアディダスは、あくまでもお客様が迅速に回答を得られるカスタマーサービスの導入が会社の成長に繋がると判断したのです。

 

 アメリカでカスタマー・エクスペリエンスの視察に行った証券会社チャールズシュワブでは、問い合わせの98%は基本的にお客様自身がオンラインで解決できるようにナレッジマネジメントを充実させています。一方で、お客様と会話をする際には通話時間は気にせずに、心を込めて対応するということを重視しています。こういった「おもてなし」は、本来の日本が得意としていたことです。日本人は対面でのサービスは世界一といえるのですが、デジタルでカスタマー・エクスペリエンスを実現しようとするとコストの壁が現れます。今後は人とデジタルが融合することで、日本でしかできないおもてなしをリアルとバーチャルで実現していくことが重要になってくるでしょう。

株式会社セールスフォース・ドットコム
マーケティング本部 プロダクトマーケティング シニアマネージャー

大森 浩生


日本大手SIer、外資系ITベンダーを経て2011年1月に株式会社セールスフォース・ドットコムに入社。パートナーエコシステム「AppExchange」の日本におけるアライアンス担当として約6年従事し、150社以上のアプリケーションベンダーとのパートナーシップを締結。2016年11月にプロダクトマーケティング部へ異動し、現在Service CloudとEinstein Analyticsを担当している。