アングルを変えて発想すると真のエクスペリエンス提供も可能

実際にカスタマー・エクスペリエンスの向上は、企業にとってどのような価値を生み出すのか。例えば、新規のお客様を獲得するには、膨大な営業コストがかかります。それに対して、一度サービスをご利用いただいたお客様がその体験価値をご評価いただいてリピーターとしてご利用いただければ、営業コストは抑制できます。一般的にそのコストは5倍近く違うと言われています。そして、リピーターのお客様の離反を5%改善すると、営業利益が25%改善されるとも言われています。したがってカスタマー・エクスペリエンスを向上させ、ロイヤリティマーケティングをワークさせることは結果的に、営業利益の向上につながると考えています。
カスタマー・エクスペリエンスを向上させるには、サービス品質向上やクレーム対応が重要で問題解決のための業務改善や投資が必要という議論がよくされます。ですが私は、それだけではなく、お客様が真に必要としているエクスペリエンスを提供するには、アングルを変えて発想してみることも重要だと思っています。例として「エレベーターの話」があります。話の舞台は、ホテル。「エレベーターの待ち時間が長い」とクレームを受けることが多くなったので解決策が検討されました。1)増設2)機種変更3)制御装置新設。結果、どれも採用しませんでした。エレベーターホールでの待ち時間のストレスを“鏡(ミラー)”を壁面に設置することによって“長く感じさせない仕掛け”としたのです。これは、人は鏡があると身だしなみを整えるなどする行動心理をうまくソリューションに結び付け、設備工事の大きなコストも免れたケースです。また、ディズニーランドでは、長い行列の待ち時間を退屈に感じないように、列を進む途中でプレショーを見せるなどのエクスペリエンスをうまくプロデュースしています。“待ち時間”をエクスペリエンスとして捉えたこれらの事例に考えるべきヒントがあるのではないでしょうか。
われわれはもともとANA社内の部署だったのですが、ANAグループ全体としてカスタマー・エクスペリエンスを向上させるための活動や事業開発を、そのまま社内で進めていくことに限界を感じていたため、社内分社化の道を選びました。そのまま社内でも活動できるのではないかと言われたこともあったのですが、事業を持つ単体企業の中ではプライオリティの付け方に相違が生まれがちとなることは否めませんでした。グループ経営の中で独立したこのような事業形態は、ルフトハンザとカンタス航空が先行しています。この2社が我々にとって参考となりました。インタビューをすると同じ悩みを持って踏み出していたことが分かり、勇気をもらいました。
一般的な起業と社内での起業・分社化は似ているようで異なります。参考までに、社内で実現させるには「トップ、タイミング」「孤独、信念、仲間づくり」「波紋、蟻の一穴」「人材、人財」という4つのキーワード群があると実感した次第です。始動時にまず経営トップの意志があり、そして応援者となる関係役職員たちがタイミングよく存在しました。また、多くのスタッフは、新しいチャレンジにワクワクしていたのですが、本籍の会社から新会社へ出向することに複雑な気持ちを持つスタッフもいました。そのため、新しいチャレンジに共感してもらえるように丁寧な仲間づくりが欠かせませんでした。そして、辛抱強く活動しているとだんだん周囲から理解してもらえるようになり、少しずつ波紋を広げることができました。最後にすべてに共通することですが、人を育てることと獲得していくことが重要になります。これらがそろってこそ事業の成功へと向かって漕ぎ出せる。それが社内起業であり分社化なのではないかと振り返って感じています。この話が特に大きな組織で同じようなスタートをご検討の方にとって少しでもお役に立つ情報となれば幸いです。