2023/04/18 (  火 )

Business Forum Presents. チャールズ・オライリー教授来日記念 特別イベント 「両利きの経営」“実践論” 開催レポート〈DAY1〉

Business Forum Presents. チャールズ・オライリー教授来日記念 特別イベント 「両利きの経営」“実践論” 開催レポート〈DAY1〉

Business Forum Presents. チャールズ・オライリー教授来日記念 特別イベント

「両利きの経営」“実践論”

〈DAY1〉

開催日:2023年 2月27日(月)

主催:株式会社ビジネス・フォーラム事務局

共催:株式会社アトラエ、株式会社野村総合研究所

開催趣旨

「両利きの経営」が日本に紹介されて約4年が経った現在。成熟企業がイノベーションのジレンマに陥らず、既存事業(コア事業)を深化させながら、新規事業をどのように立ち上げ、組織全体として進化するかを説明したこの理論は、多くの企業の中期経営計画やビジョンの策定などに影響を与えています。

一方、「両利き」がバズワード化し、理論を誤解されている例も散見されます。提唱者たちは、これを「知の深化・探索」とは捉えていません。既存事業の磨き上げと新しい事業機会の探索という、異なる組織活動をどのように併存させるか、いわば“矛盾のマネジメント”が本理論の核心です。この点を誤解したままでは、独立した探索部門を設立したものの、具体的な探索活動が進まないなど、実践が難しく形式だけに留まってしまうのです。

本イベントは、両利きの関連書籍としては三冊目となる、『コーポレート・エクスプローラー 新規事業の探索と組織変革をリードし、両利きの経営を実現する4つの原則』(英治出版社)の刊行、 「両利き」の提唱者であるチャールズ・オライリー教授らの来日を記念して開催しました。全3日間となる記念プログラムを通して、日本企業の取り組み事例や具体策を交えながら、“戦略・人・組織”の観点から、改革の実行フェーズを加速する糸口を考察するものです。

<DAY1> では、書籍の内容をもとに、探索事業を推進する責任者(“コーポレート・エクスプローラー”)に焦点をあて、誤解の多い「両利きの経営」を再考。主著者であるアンドリュー・ビンズ氏は、マイケル・タッシュマン教授、チャールズ・オライリー教授らと共に、実際の両利きの経営に関するコンサルティングを主導されてきました。ビンズ氏からの講演を主軸に、オライリー教授による講義、アクション・デザイン加藤氏の解説を交えてお届けしました。

参加者の属性

≪部門≫
≪役職≫
 

<オープニング>

株式会社アクション・デザイン 代表取締役
IESE(イエセ)Business School 客員教授
加藤 雅則

「<キーノート・スピーチⅠ>」の様子

最初に加藤氏がオープニングを飾り、本イベントは「両利きの経営」をより実践的に考えていく趣旨である旨を説明。今回の出版記念となる書籍『コーポレート・エクスプローラー』を紹介します。本作は「両利きの経営」のシリーズとして、オライリー教授・タッシュマン教授による理論的な書籍『両利きの経営(邦題)』、AGCの事例をもとに解説したオライリー教授・シェーデ教授・加藤氏による共著『両利きの組織をつくる』、これらに続く実践的な工夫やフレームワークが詰まった三冊目であると紹介。『コーポレート・エクスプローラー』の論点は、どうやって大企業の中で事業を起こしていくのか、そしてその担い手であるコーポレート・エクスプローラーとはどういう人かであると説明しました。

<キーノート・スピーチⅠ>

「両利きの経営を実現する“コーポレート・エクスプローラー”の役割
ー 変革者&イノベーター ー」

チェンジ・ロジック社
ディレクター
アンドリュー・ビンズ

  • 「両利きの経営」を実現する4つの原則
  • 新規事業の探索と組織変革の両方をリードする“コーポレート・エクスプローラー”
  • なぜ「両利きの経営」が失敗するのか? ―大企業における“サイレント・キラー”の存在

コーポレート・エクスプローラーは「I don’t know.」の姿勢で顧客の課題に情熱を燃やす
アセットを活用し、アイディアだけでなく実験の数を

「<キーノート・スピーチⅠ>」の様子

まずビンズ氏より、両利きの経営を実践する方法について、社内で新規事業を推進するリーダーである“コーポレート・エクスプローラー(CE)”の視点から説明しました。200年以上の歴史を持つオーストリアの保険会社ユニカにおける社内新規事業とそのリーダーの例を挙げ、大企業がスタートアップにイノベーションで勝つ可能性を示します。「イノベーションの原則 :着想・育成・量産化を進めるにあたって、顧客基盤や資産を活用して小さな実証実験を繰り返すことや、新たな機会に対し「私は知らないんだ(I don’t know.)」という謙虚な姿勢でエビデンスを学習することが重要。こうした点こそが大企業のアドバンテージである」と強調しました。

そしてCEのあるべき人物像について、「顧客と顧客の課題解決に情熱を注いでおり、何か世界を変えたいという思いに強くコミットしている」、「エゴが少なく『I don’t know.』の姿勢を貫き、周りが参加したいと思えるムーブメントを起こしていける」という特徴を述べました。

一方で、大企業が直面する難しさにも触れ、新規事業がコア事業に近づくほどサイレント・キラーの存在や暗黙の行動様式(カルチャー)の壁に阻まれやすいことを説明。GEの失敗例、ユニカの成功例をもとに、CEとして組織の中で支援者のネットワークを作る方法など壁を乗り越えるヒントを示しました。最後に、アポロの月面着陸の例を挙げ、「当時多くの人から成功できないだろうと言われながらも、今では人類史上最高の瞬間の一つです。こうして後から賞賛を受けている事実があるように、CEは成功を見始めるまで我慢強く戦うことも重要です」と強調し、講演を締め括りました。

<キーノート・スピーチⅡ>

再考:両利きの経営 ー どうやって実践するのか ー

スタンフォード大学 経営大学院
フランク・E・バック経営学講座 教授
チャールズ・オライリー

  • 「両利きの経営」の誤解 ―知の探索・深化ではない
  • 「両利きの経営」を実現する鍵は、組織アラインメントの構築にあり
  • 「両利きの経営」をリードする経営者とは?

大企業こそイノベーティブになれる
戦略を実行するトップマネジメントの役割と組織のアラインメントが重要

「<キーノート・スピーチⅡ>」の様子

「イノベーションは個人でなく企業から起きる、なぜなら一人より何千という検証ができるからです」と、大企業におけるイノベーションの可能性を示唆して始まったオライリー教授の講演。両利きの経営は、既存事業と新規事業の相反する領域を一つの会社で同時にマネジメントすること、資産や能力を新たな成長分野に活用することであると説明。さらに実践する上で重要な点を、「戦略を考え実行するというトップマネジメントの役割、そして人材・組織・カルチャーの足並みが揃っていること、要するにアラインメントです」と強調しました。また、カルチャーは、文化やDNAなど抽象的なものではなく組織の“行動様式”であると説明し、マネジメントできるものと捉えるべきであるとも指摘しました。

多くの大企業が両利きに失敗する理由について、「一つの事業で成功したカルチャーは新たな事業にとっては間違ったものかもしれない」と言います。「アマゾンやNECでは、新たな事業に入っていくためにその能力をどう作っていくかを考え、顧客が気に入ることは何かを発見・検証し、既存の資源を活用して量産化する、という規律正しいイノベーションのプロセスを持たせている」と例を挙げて説明しました。

最後に、両利きの経営を成功させるためにトップマネジメントがすべきことは、「着想・育成・量産化のプロセスにコミットする、そして適切な人材とリーダーシップ、資源を明確に保証し投入すること」と述べ、例えばAGCの経営陣は長期的にこれにコミットしていると紹介。「しかし問題はサイレント・キラーがいることであり、短期利益の最適化、リスクの最小化ばかりを考えてしまうと新規事業が殺されてしまいます。つまりトップがこのことに気を付けないと失敗する。アンディー(ビンズ氏)からはボトムアップの話をしましたが、これはトップダウンの話なのです。」と締め括りました。

<鼎談/Q&A>

最後にオライリー教授、ビンズ氏、加藤氏の3名により、主に4つの論点についてディスカッションを行いました。

Ⅰ.「両利きの経営」の誤解と本質

「<鼎談/Q&A>」の様子

加藤氏のモデレートのもと、まず「両利きの経営」理論をめぐるいくつかの誤解を取り上げ説明しました。まず、知の探索・深化という捉え方について、提唱者であるオライリー教授は、「様々な解釈があるが、実践となるとあまり有益ではない」との考えを述べます。「両利きの経営にもちろん知は必要であり、新しい知も作る必要があります。しかしここでは根本的に全然違う二つのビジネスをやらなくてはいけない。そしてこれらを同時に実行するために必要な資源や能力を取ってくる。つまり組織のデザインやリーダーシップの話であり、知の深化や探索ではありません」
また、アメリカでは両利きの経営は行われていないという誤解について、ビンズ氏はアマゾンやマイクロソフトなどの例を挙げ、「実は隠れていることも多いが、当然ながら行っている」と訂正しました。

Ⅱ.コーポレート・エクスプローラーに向いている人とは

「<鼎談/Q&A>」の様子

ビンズ氏によると、「一つには、情熱的に顧客に対してコミットをしている。外の世界を見て何が起こっているのかを理解しようとし、企業がどうしたら新しいやり方で顧客が受け取る価値を創造することができるかを考えている。二つ目は、起業家と違い自分中心の人ではない。三つ目は、ケイパビリティをリードすること。アクセラレーターのような役割が主となる。アマゾンのPR/FAQのプロセスのように。CEは探すことはできるが、同時に成功の条件を整える必要があります」と説明します。また、オライリー教授は、大企業の中でCEを育てていくために必要な支援について、「なぜこういうことが必要か、全体の戦略を正当化しサポートする役割は重要。CEにとっては経営陣の奨励を感じなければならない」と述べ、ビンズ氏からも「これはトップをはじめとする経営陣の役割であり、経営企画・戦略の担当者も然りです。経営企画の担当として新たな市場開拓先、戦略的投資先を学びたいなら、少額の投資から学習する。こうしたことからCEの支援ができます」と付け加えました。

Ⅲ.なぜ多くの企業は量産化で失敗するのか

「<鼎談/Q&A>」の様子

「イノベーションは素晴らしいアイディアからで、CEが強力なアイディアを持っていると思いがちですがそうではない。着想を育成・量産化へ進めるまで全体を考えて動く必要がある。しかし残念ながら、最初のアイディアや多くの資金拠出にフォーカスしてしまうことが多い」とビンズ氏は説明します。またオライリー教授は、短期的な財務面のプレッシャーや報酬の理由に触れた一方で、「日本企業は長期的な視点で物事をみる点が有利。経営陣が長期的な視野をもって抱負を示し、若手に機会を与えていくことが必要」とヒントを示しました。

Ⅳ.両利きの経営は既存事業のモチベーションを下げるのか

多くの経営者から「両利きの経営の必要性は理解したが、既存事業のモチベーションを下げるのではないか」という声があることに対し、各者の考えを述べました。ビンズ氏は、「これは抱負の問題です。両利きの経営は組織の将来の成長のために必要であり、なぜ一緒にやるのか、向かう方向性を明確にして説得する必要があります」と説明。オライリー教授は、次の例え話を用いて、トップとして両方とも重要だということを理解してもらわなくてはいけないと強調しました。「あるシニアマネージャーには子どもが二人います。彼は二人とも愛していると言い、一人をもう一人の子よりも愛していると感じさせません。それぞれに別の話をして別のサポートを必要としています。両方とも最も大事なのです。」

Q&A

最後に視聴者からのQ&Aをいくつか取り上げました。「両利きの経営は不変の論理である中で、なかなか上手くいかないのはなぜか」という意見に対し、ビンズ氏はAGC 島村会長の言葉を借りて、「『火は上に向かってしか燃え上がらない』、これこそがCEが組織でできることです」と強調、オライリー教授は「ただしこれはCEOがそのアイディアを受け入れサポートすることが必要」と付け加えました。そして視聴者へ向けて、ビンズ氏からは「やってください(Do it)」、オライリー教授からは「皆さんには機会があります」、というメッセージをそれぞれ送り、Day1のプログラムを締め括りました。

Speaker’s Message

―「両利きの経営」の“実践”へ向けて、ひと言

From オライリー教授

「Speaker’s Message」

「日本企業も、もっと大胆にこういうことをやってみようというアグレッシブさが必要だと思います。」

From ビンズ氏

「Speaker’s Message」

「CEOやシニアリーダーは、企業が何を達成できるかという抱負を持ち、従業員はCEとして組織の中でイノベーションをリードする野心を持つということです。」

From 加藤氏

「Speaker’s Message」

「アラインメントを作っていただくことが、経営者・シニアリーダーの役割だと考えます。」

参加者からの声

Voice of attendees

「両利きの経営は知の深化・探索と勘違いしていました。正しく理解できてよかったです。」

「両利きの経営、中でもコーポレート・エクスプローラーの役割、向いている人について、理解が深まりました。また、着想・育成から量産化に進む中で、どのように難易度の高いハードルを乗り越えるのかについて、リーダーに求められる考え方や組織化のポイントを学ぶことができました。」

「企業カルチャーは「行動様式」であり、フワッとしたものではないというのが印象的でした。なんとなく醸成されるもの、とでしか認識できていませんでしたが、行動が変われば空気が変わるのだと勉強になりました。」

「Incubationの段階では、I don’t knowを認めて、少しのお金で何度もexperimentを繰り返して学ぶことが必要というのが印象に残りました。」

「大企業だとどんなプロジェクトもすぐに多くの人が含められて規模が大きくなりがちだが、量産化に向けて小さな実験検証を繰り返すというのが重要で企業の長所でもあるとのことだったので、それを実現できるような社内プロセスになっているかという見直しも必要かもしれないと感じた。」

「新規事業は、既存ビジネスの深掘りが大事だということが非常に興味深かったです。また、Amazonの事例である「利益の事を気にせずに、顧客のニーズのみで考えて量産化していく事」が大変面白い話題でありました。最後に、アンドリューさんにいただいた二言Do it. と We have the chance.を胸に行動していきたいなと思いました。」

「両利きの経営の重要性は当たり前だが、その当たり前を実現することが容易ではないことを改めて理解しました。一方で、良いではないながらも、意識・注意すれば、実現できる(可能性がある)ことが、良く分かり、大変有意義な講演でした。」

登壇者紹介

チャールズ・オライリー

スタンフォード大学 経営大学院
フランク・E・バック経営学講座 教授
チャールズ・オライリー


スタンフォード大学経営大学院のフランク・E・バック経営学講座教授。「両利きの経営」の提唱者のひとり。専門は組織経営論・組織カルチャー論。ボストンを拠点とする組織戦略コンサルティング会社のチェンジ・ロジック社(https://changelogic.com)の共同創業者であり、会長を務める。

アンドリュー・ビンズ

チェンジ・ロジック社
ディレクター
アンドリュー・ビンズ


マッキンゼー、IBMを経て、オライリー教授・タッシュマン教授と共に、チェンジ・ロジック社を創業。欧米企業における「両利きの経営」の実務に精通しており、コンサルティング業務の責任者を務める。新著『コーポレート・エクスプローラー』の主著者。

加藤 雅則

株式会社アクション・デザイン 代表取締役
IESE(イエセ)Business School 客員教授
加藤 雅則


株式会社アクション・デザイン代表、IESE(イエセ)客員教授。経営者に対するエグゼクティブ・コーチングを提供する傍ら、日本におけるオライリー教授の共同研究者であり、チェンジ・ロジック社の東京駐在も兼務する。主著者に、『両利きの組織をつくる』(2020年)、『組織は変われるか?』(2017年)等。新著『コーポレート・エクスプローラー』の解説者。