2018/09/12 (  水 )

Data Analytics Forum 2018

Data Analytics Forum 2018

Data Analytics Forum 2018
今こそ再考、データ戦略
~ AI・IoT時代を勝ち抜くための準備と実行すべき施策 ~

 

開催日:2018年 7月 9日
主催:株式会社ビジネス・フォーラム事務局
特別協賛:日本アイ・ビー・エム株式会社

 

 

 

2018年7月9日、「Data Analytics Forum 2018」を開催しました。

どうしたら上手く【データ利活用】できるのか?

本格的なAI・IoT時代を前に、更なる【データ利活用】の推進と、勝てる企業へと変わるため、『データ』を収集し蓄積するための手法(基盤づくり)、『データ』の活用を進める組織体制、先行する【データ利活用】の流れやチャレンジを事例とともに学び、考察を深める機会となりました。

特別ゲスト講演

IoT、ビッグデータ、人工知能が切り拓く、第4次産業革命

株式会社 村上憲郎事務所 代表取締役 前 グーグル日本法人名誉会長  村上 憲郎

 

 

 フォーラムの最初に、特別ゲスト講演として、前グーグル日本法人名誉会長である村上憲郎氏による講演が行われました。講演では、第4次産業革命を起こすカギとなる、IoT、ビッグデータ、人工知能といった3つの技術を解説すると共に、第4次産業革命によりもたらされる「Society5.0 超スマート社会」において、マネジメント層が押さえておくべきポイントが示されました。

ウェアラブルからインプランタブルへ。あらゆるものがインターネットにつながりスマート化

 インターネットは今、タブレットPC 、スマートフォンに代表される、「モバイルインターネット」の世紀を迎えています。次はどういう所に行くのかですが、スマートウォッチ、あるいはスマートメガネといった「ウェアラブル」、つまり身につけられる時代です。スマートメガネは、小型モニターや網膜に直接映像を投影するディスプレイ機能を持ち、カメラやマイクを備え、インターネットに接続されているメガネ型のウェアラブルコンピュータです。目の前に広がる現実の景色や位置情報を認識し、インターネットから得られる情報や画像を投影することで、普通のカメラで撮ったもの以上に拡張された映像を装着者に見せるAR(オーグメンテッド・リアリティ、拡張現実)のアプリケーションが動きます。スマートウォッチは、時計機能だけでなく、インターネットから情報を得られるのはもちろん、体温、血圧、脈拍といったバイタルシグナルを取得し、その情報を蓄積することや、インターネットを介してヘルスケアに役立てることも可能です。人がウェアラブルなデバイスを介して常にインターネットにつながることになります。

 ウェアラブルの先は「インプランタブル」、つまり、埋め込めるという方向に行こうとしています。電磁波等で遠隔給電できる極小の電子回路が組み込まれたコンタクトレンズや、静脈の中に流し込めるマイクロカプセルにより、血糖値などの数値を読み取り、インターネットへ送ることができるようになります。他にも、人体に装着したマシンが脳波や神経系からの指令を受けて動き、人間の運動能力を高めたり、失われた運動機能を補うBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)といった技術も進んでいくでしょう。

 そして、テレビがインターネットにつながり、レイヤー構造を持ったエコシステムを構築するスマートTVや、 電力網と情報網が1つに束ねられるスマートグリッドなど、あらゆるものがインターネットに接続されてスマート化が進みます。従来のインターネットの、「人と人とのコミュニケーション」に加えて、今後、インターネットは「人と物、あるいは物と物とのコミュニケーション」に使われていく時代を迎えます。あらゆるものがインターネットにつながり、ものからも膨大なデータが集まるIoT(Internet of Things)の時代です。

ビッグデータ2.0。人工知能を使って行くしかない

 

 IoTをはじめ、SNSなどから膨大なデータが取得できるようになりました。ですから、データアナリティクスという点において、「ビッグデータが取得可能になった」ことを中心に考えなければなりません。「まずはデータ解析、統計解析をやりましょう」ということです。その結果が経営陣、あるいはそれに担当する方々の経験と勘に基づいて「こうだろう」と思っていたことと寸分違わない結果であったとしても、それを科学的な根拠で支えるというクセを、企業活動として、そろそろ社内に培う必要があります。

 各社から統計解析のパッケージは出てきていますから、それを使いこなせることがまずは必要です。ただ、単に統計解析するとしても、データ量がとんでもなく多くなっています。大規模データの分散処理技術をうまく運用するということは、ビッグデータ1.5という段階です。この次となると、いよいよビッグデータ2.0という段階に進まざるを得ません。人工知能を使って行くしかないということです。

 人工知能は、1956年に開催されたダートマス会議で提唱され、「Artificial Intelligence」という言葉も生まれました。その後、1980年代に入り、日本では「第5世代コンピュータプロジェクト」が始まり、「エキスパートシステム」「ルールベースシステム」といったシステムが考え出されています。そして現在は第3次AIブームです。以前からあった機械学習、ニューラルネットワークというアイデアに、ディープラーニングという新しいアルゴリズムが開発されたことと、それを支えるビッグデータ、潤沢なコンピューティングパワーにより、AIの技術が飛躍的に進歩しています。

 2017年3月、日本とドイツが、IoT、ビッグデータ、AIを活用した第4次産業革命を、両国が手を携えて推進していこうという「ハノーバ宣言」に調印しました。そして、これからは、Society5.0と呼ばれる超スマート社会になっていきます。Society 1.0は、人類が狩猟、自然物の採取を行っていた社会。Society 2.0は定住しての農耕社会。Society 3.0は工業社会。 Society4.0は情報社会です。

 第4次産業革命は工業社会と情報社会を完成させるプロセスであるわけですが、その結果は、バラ色のものばかりではありません。雇用の問題など、さまざまな課題を引き起こすでしょう。そういった懸念を払しょくするために、Society5.0、超スマート社会という形の中で、セーフティネットもきちんと整備していかなければならないと思います。


株式会社 村上憲郎事務所
代表取締役 前 グーグル日本法人名誉会長
村上 憲郎


1970年 京大卒業後、日立電子株式会社のミニコンピュータのシステムエンジニアとしてキャリアをスタートした。1978年 日立電子のミニコンからの撤退に伴いDigital Equipment Corporation(DEC)Japanに転籍、通産省第五世代コンピュータプロジェクトの担当を務める中で、人工知能(AI)分野の知見を修得。1986年から、米国マサチューセッツ州の DEC 米国本社人工知能技術センターに5年間勤務した。1991年 日本DECに帰任後は、取締役マーケティング本部長を務めた。 その後複数の米国系IT企業の日本法人代表を務めた後、2003年4月、Google 米国本社 副社長兼 Google Japan 代表取締役社長として Google に入社以来、日本における Google の全業務の責任者を務めて来たが、2009年1月 名誉会長に就任、2011年1月1日付けで退任し、現在、株式会社ブイキューブの社外取締役、社団法人グリーンカラーアカデミー理事長、電通総研カウンセル兼フェロー、等も務めている。

基調講演

There is no AI without IA
(Information Architecture)
~ビジネスを加速させる次世代データプラットフォーム~

日本アイ・ビー・エム株式会社 専務執行役員 IBMクラウド事業本部 アナリティクス事業部長   三瓶 雅夫

 

 

  続いて、基調講演として、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下IBMと略)の三瓶氏と四元氏のお二人より、データとアナリティクスに関する最新テクノロジーを市場に届け続けているIBMが、多くの先進企業とのプロジェクトを通して完成させた「次世代データプラットフォーム」という考え方をご紹介いただきました。前半が三瓶氏、後半が四元氏による講演です。

次世代データプラットフォームの5つの価値

 

三瓶: AI 活用の鍵は、データをあらかじめ整備するという「準備」 にあります。それはデータアナリティクスに関する調査データからも分かることです。このことに即して、私どもIBMは「次世代データプラットフォーム」という考え方を提唱しています。次世代データプラットフォームは、AIや機械学習などの最新テクノロジーを活用して、IT部門だけではなく事業部門ユーザーも主役となり、企業の成長を実現するプラットフォームとして、お客様に5つの価値を提供します。5つの価値とは、下記のものです。

1. セルフサービス化
ユーザー、あるいは事業部門の方々が、好きな時に欲しい形態でデータを扱うことができること。しかもプログラミングレスの環境でデータを取り扱うことができること。

2. リアルタイム対応
SNS、 IoT、 あるいはモバイルといったデバイスが、刻々と発信してくる、さまざまな種類の膨大なデータをリアルタイムで収集することで、鮮度と精度の高いデータを処理/分析していくこと。

3. 分析サイクルの自動化
分析サイクル自体を自動化し、分析したモデルを業務やプロセスに即座に提供することで、顧客ごとにパーソナライズされた情報の提供など、高度なサービス提供を実現すること。

4. ハイブリッド、マルチクラウド対応
外部オープンデータ、クラウド提供のデータ、非構造化データ等、全てのデータを活用可能とし、コンテナ技術でプラットフォーム選択の自由を担保し、ベンダーロックインされない環境、仕組みを作ること。

5. AIとの連動
AIの活用に直結しているため、新しい洞察をすぐに得ることが可能。

弊社 は、この次世代データプラットフォームの構築を迅速かつ容易に行えるようにするため、「IBM Cloud Private for Data」、略して「 ICP for Data」というソリューションを発表しました。アナリティクスの3つの柱となる、データの収集、整備、分析を、ひとつのコンポーネントにパッケージングし、オールインワンのソリューションとして提供します。

 データ分析業務のトータルのワークロードを100とすると、その8割はデータの準備に費やされています。このソリューションをお使いいただくことにより、ワークロードを最小化してコストを削減できます。そして、トライ&エラーで分析を繰り返し行うことを可能にすることで、より精度の高い分析業務ができる環境を、お客様にもたらします。

  また、弊社はData First Method、略してDFMという、データを中心とした簡易コンサルティングメニューを準備しています。これは、次世代データプラットフォームを構築するにあたってのロードマップ、そしてアクションプランを提示させていただくコンサルティングメニューです。There is no AI without IA 。IAとはインフォメーション・アーキテクチャーです。つまり、「整備された情報なくしてAIなし」ということです。 弊社はこのDFMの提供等を通じて、お客様の次世代データプラットフォームの構想立案から開発導入までの各フェーズをご支援させていただきます。

データプラットフォームに求められるものをオールインワンで提供

 

日本アイ・ビー・エム株式会社 アナリティクス事業部 Data Platform Strategy Leader   四元 菜つみ

 

 

四元: 今、AI、機械学習、ディープラーニングといった、データの価値をどう活かすかという話はたくさん出てきています。皆様の会社でも、どのようにデータ分析をし、どのようにビジネスを加速させるか。つまり、どのように売り上げを伸ばすか、コスト削減するかを考えていらっしゃると思います。しかし、どんなに素晴らしいデータサイエンティストがいても、どんなに素晴らしい経験と勘があったとしても、それを支えているのはプラットフォームです。基盤がなければそういったものを実現させるのは難しいことです。

 とはいえ、「データプラットフォームを作ろうとしても、なかなかうまくいかない」という声が多数あがっているのが現状です。データをたくさん集め、いざ分析しようと思うと、ほとんどのデータが使えず、信頼度が低いということが往々にしてあるのです。データを使いやすくすることにたくさんの人と労力を費やし、元々やりたかった AI の活用、機械学習の活用には、わずかなリソースしか費やすことができない。そのような非効率な状況が多いのです。

 そのような中、「カタログ」という考え方が、今非常に重要です。データを使う人たちが必要なデータと分析モデルをすぐに取り出せるように、自分たちが分かる言葉でそれを説明したカタログを作り、それを見ることで、分析者がセルフサービスで分析ができるようにする仕組みです。いかにきれいなデータを使い、いかにきれいなモデルで分析を進めて行くかが、非常に重要になってきています。どのように整え、どのようにきれいなデータを貯めていくか。そして、そのデータを使った分析モデルも、どのようにしてきれいに管理していくか。「企業全体のデータを、資産としてカタログ化しましょう」ということが、今後、ますます注目される方向となっています。

 データプラットフォームに求められる要素は3つあります。1つ目は、あらゆるデータの形式に対応して、データを貯めること。2つ目に、その貯めたデータをカタログ化し、きれいな形でデータを使う人全員が使えるように整備すること。3つ目が、その整備したきれいなデータを分析し、どんどん活用してビジネスを伸ばしていくこと。この三拍子が揃って、初めてビジネスを成長させることができるデータプラットフォームになるのです。

 弊社が提供する新しいソリューション、ICP for Data は、データプラットフォームに求められる3つの要素をオールインワンのソリューションとして一気通貫で提供しています。お客様のデータ分析を支えるために、ツールだけを提供するのではなく、最終的なインフラから分析のツールまで、全てオールインワンでサポートさせていただいています。また、簡易コンサルティングサービスという形態でも、多くの支援をさせていただいています。私どもでご支援できることがございましたら、ぜひお力になりたいと思います。


日本アイ・ビー・エム株式会社
専務執行役員 IBMクラウド事業本部 アナリティクス事業部長
三瓶 雅夫


1989年4月 日本アイ・ビー・エム株式会社入社。米国IBM本社勤務を経て、金融事業部 ソリューション事業部長、未来価値創造事業 クラウド・スマーター事業部長、システム製品事業 執行役員セクター営業担当などの要職を歴任。2018年より現職。


日本アイ・ビー・エム株式会社
アナリティクス事業部 Data Platform Strategy Leader
四元 菜つみ


大学卒業後、金融系の情報サービス会社に入社。OracleDBのSE等を経験した後、日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。データベース技術営業を経て、2017年より現職。

事例セッション

新たな価値創造へ向けた準備
~どうデータ収集し蓄積し利活用へつなげていくか~

シャープ株式会社 IoT事業本部 IoTクラウド事業部 サービスマーケティング部 部長   松本 融

 

 

  続いての事例セッション1では、「データ収集・蓄積方法」に注目し、2社の講演者から、それぞれ、データの収集方法や管理・運用基盤(蓄積方法)についてのポイントが紹介され、その後、講演者による対話と、質疑応答が行われました。はじめはシャープ株式会社の松本氏より、IoT機器とAIを搭載したスマート家電や、データを用いた新たなサービスによる「人に寄り添うIoT=AIoT(Artificial Intelligence of Things)」の実現に向けたデータ収集・分析プラットフォームの事例紹介が、次にワイヤ・アンド・ワイヤレスの相馬氏より、訪日外国人が20万カ所以上で利用可能な「TRAVEL JAPAN Wi-Fi」より得られる膨大な位置・行動データの処理についての事例紹介が行われました。

「人に寄り添う」IoT企業へ
~シャープが推進するAIoT戦略とデータ活用~

 

 液晶テレビをはじめとする各種家電の製造販売を行う家電メーカーとして成長を続けてきたシャープは、近年、経営体制を大きく変え、新生シャープとしてIoT企業へ大きく変革しています。それを実現するためのビジョンの1つとして掲げるのが「人に寄り添うIoT= AIoT」。松本氏はAIoTについて、「いろいろな事業部門が縦割りで存在していたところから、シャープは生まれ変わっていかなければならない。そのためには、さまざまな家電をクラウドにつなげて、ハードウェア、デバイスの提供はもちろん、お客様の生活を変えていくような提案型のサービス、ソリューションをしっかりやっていこうということになり、横串を通すような部門設定がなされました」と述べます。お客様目線に立ったうえで、IoTがどのようにお客様の生活を変えていくか。そしてIoT機器から収集されるデータから、AI を活用してどのようにお客様目線での提案ができるのか。 家電をIoT 機器に変えていき、それを通じてお客様の生活を理解し、その理解に即した最適な提案をAI がしていくような、人が主役となるスマートライフを実現していこうというビジョンを掲げ、シャープは事業を進めているのです。

 具体的な取り組みについて松本氏は、「テレビビジネス、スマートフォンを中心とする通信機器ビジネス、白物家電ビジネスの、それぞれの事業本部と連携しながら、機器のAIoT化をどんどん進めています。そして、AIoT 化したそれらの機器をクラウドにつなげ、収集されるデータに基づいてお客様に具体的な提案をするサービスもシャープ自身がやっていこうと、COCORO+(http://www.sharp.co.jp/cocoroplus/)というブランドをつくり、サービスの拡充に取り組んでいます」と紹介されました。

 例えば、エアコンのAIoT化により、設置地域の空気の情報から、その地域に最適な空気環境にAIが自動調節を行うことや、ふだんの使い方や稼働時間から、その家庭にあった最適な稼働を学習することなどが可能になっています。調理家電では、対話による献立提案や、調理履歴からの嗜好の学習、調理法の指示、スマートフォンによる外部からのレシピ検索や、予約調理時間の変更などが可能になっています。さらに、グルメサイトや食材の宅配業者とアライアンスを結び、調理家電に合ったメニューを共同開発して、その調理データを調理家電にダウンロードすることや、調理家電からの指示通りに「あとは入れるだけでよい」という状態にカット、調味された食材が届く、料理キット宅配サービスなども展開されています。

 松本氏は、「今後もさらに、さまざまな商品をクラウドにつなげて、データを活用し、お客様に向けたサービスを提供するとともに 、裏側でのデータ利活用も含めて、新しいスマートライフという総合的な提案をしていく取り組みを、積極的に行っていきます」と述べられ講演を締め括りました。

全体のサイクルをパイプライン化して管理
~ワイヤ・アンド・ワイヤレスのデータ収集・蓄積方法からの考察~

株式会社ワイヤ・アンド・ワイヤレス CTO   相馬 賢司

 

 

 ワイヤ・アンド・ワイヤレスは、個人、法人のお客様、自治体、公共交通機関などのWi-Fiを取り扱う通信事業者です。近年では、さまざまなデバイスやアクセスポイントから収集されるデータを活用した「TRAVEL JAPAN Wi-Fi」というサービスも提供しています。TRAVEL JAPAN Wi-Fi (https://japanfreewifi.com/ja/)は、ワイヤ・アンド・ワイヤレスが保有するWi-Fi基盤を、訪日外国人の方々がアプリをインストールすることで無料での利用が可能になり、彼らがアクセスした時間や場所、言語といったデータに応じて情報配信を行う サービスです。このような事例を元に、相馬氏はデータの収集、処理、集約、蓄積と、利活用にうまくつなげていくためのポイントなどを解説されました。

 相馬氏はデータの収集において、「実際の例ですが、収集したのはいいが、場所がよく分からなくなってしまう。フォーマットがバラバラで簡単に集計や検索ができない。実際に使い始めるとあれも見たいこれも見たいとビジネス的な要求が増えて来るが即応できないなどの問題が起こります。このような問題を集約すると、管理や整備の部分がうまくいっていないことが原因の一つではないかと考えます。まずは何を分析したいのか、事業のサービス要素に何があるのか。それに対するデータの属性はどのようなものがあるのか。それらを洗い出した上でデータを収集します」と述べられました。この、データを整備する、きれいにするというところから、まず実践されたそうです。

 そして、相馬氏はデータの処理の部分について、「まず、どのようなデータがあるのかを俯瞰して質を把握するのは1つの手法かと思います。その後は分析でのビュースケールです。マイニングなのか、集計レベルなのか、統計解析なのか。機械学習のような踏み込んだ分析をする場合には、生データではなくて、数値に変換するといった特殊な処理が必要になります。ここは重要なところです」と述べられました。そして、ネットワークの状況などにより発生した重複値の排除処理や、グローバルで展開するようなサービスにおけるデータフォーマットの違いなどで起こる問題にも注意を促しました。

 最後に集約、蓄積について、「クラウドのオブジェクトストレージを利用して管理しています。1つのバケットに対し、複数のデータのプロセスの段階に応じてフォルダーを分け、生データを貯めるフォルダー。それから共通で使うもの、個別に使うものといった利用用途に応じてすぐに取り出せるようバケットの中を階層化しています。さらにその中もインデックス的に使う項目でパーティションを分け、管理しています。作りを小さくパイプライン化する。試験をしやすく、継続運用できるようにすることがポイントかと思います」と述べられています。

 まとめとして相馬氏は、「昨今、ヨーロッパで厳しくなりつつあるデータ保護やセキュリティ面。こういったものも合わせて、全体のサイクルをパイプライン化して管理することが、今後重要になると思います。それから、政府からデータ流通構想の話が出ています。データや分析の価値を上げるために自社以外のデータをどう集めるか、提供するのかという話になってくると思いますので、この動きをウォッチして備えるほうがよいと思います」と述べられ、講演を締め括りました。


シャープ株式会社
IoT事業本部 IoTクラウド事業部
サービスマーケティング部 部長
松本 融


1991年 入社。パーソナルモバイルツール「ザウルス」の商品企画や、液晶テレビAQUOS向けネットサービス企画・運営、電子書籍ストアサービス事業などを経験し、現在に至る。現在は、シャープの掲げるビジョン「AIoT」を具現化するネット対応家電向けの新たなサービス事業の開発運営に従事。AIoT化されたテレビや白物家電など向けに各種クラウドサービスを展開中。


株式会社ワイヤ・アンド・ワイヤレス
CTO
相⾺ 賢司


2013年 ⼊社、技術運用本部に所属し、認証システムや関連システムのアーキテクチャ設計に従事。現在はサービス向上とプロセス改善を目指し、クラウド連携、自動化、データ利活用などの推進に携わっている。

事例セッション

データ分析からネクストアクションへつなげるために
~使ってもらえるデータへの仕掛け・体制づくり~

株式会社NTTドコモ 執行役員デジタルマーケティング推進部長  白川 貴久子

 

 

 続いての事例セッション2では、2名の講演者それぞれから、組織的データ構築・管理・利用プロセスについてのポイントが紹介され、その後に講演者による対話と質疑応答が行われました。はじめに株式会社NTTドコモの白川氏より、データドリブンのキードライバー組織となるための努力や、データ活用推進で今尽力していることなどについての事例紹介。次にスマートニュース株式会社の西口氏より、ロクシタンジャポン時代の、業績を回復させた顧客戦略マップの構築方法や、行動データ分析と認知データ分析の事例について、ご紹介いただきました。

データドリブンのキードライバー組織となるために必要なこと
~キードライバー組織としてのあゆみ~

 

 

 白川氏は、データドリブンのキードライバーとなるために必要なものとして、“正しいシステム知識”と“生のマーケティングマインド”の2つを挙げられました。「データとは何なのか、システム構造とはどういうものかが分かっていないと正しく扱えません。そして、無機質なデータを見て何を読み取るかという時に、業務知識や現場市場感覚が非常に重要になります」と、白川氏は述べられます。

 そして、チームとして信頼を得るために行ってきた努力として、以下の3つを挙げています。

1. 分析請負からデータ活用のパートナーになること。
2. データ分析の仲間作りをすること。
3. 高度な分析技術を「実感」のあるものにすること。

 分析請負からデータ活用のパートナーとなるためには、3つの取り組みが行われています。第1に、依頼して良かったと思われるアウトプットを続けられるよう、依頼を受ける時に徹底的にヒアリングをし、依頼の本質を理解できるようにする。第2に、安心して依頼できる仕組み作りとして、依頼や質問に対する応答待ち時間を短縮し、フォローアップを徹底的に行うようにする。そして第3に、より多くの要望に応えるために、チームの人員を3倍に増やすと共に、応答がバラバラにならないように課題を共有化し、重点課題を自ら発信するようにしてきました。

 データ分析の仲間作りとしては、アウトプットの共有やインプットメニュー追加のため、分析事例発表会、分析設計演習、マーケティングレクチャーなどが、定期的、継続的に行われています。そして、高度な分析技術を「実感」のあるものにするためは、予兆モデルの活用と正しい検証浸透の取り組みとして施策反応DBを作ると共に、検証サポートの体制を作り、施策登録依頼だけをすれば簡単に登録でき、その後は日々自席のPCから結果が見える仕組みを作っています。これらの努力を続けることで、アウトプットは数倍に増え、リピート率も100%と高い満足度を得ています。昨年度から力を入れているのがダッシュボード、セルフBIの利用促進。全国各地のいろんな立場の人によるデータ活用が広がるよう、サポートしています。

 まとめとして白川氏は、「データ活用推進のためには、できる人をいかに増やすか。その人に、いかに伝えてもらうかが鍵になると思っています。そのためには、まずデータの価値が分かる人や、使いたいと思っている人を味方にすることが大切だと思います。それには、ご依頼いただいた一人ひとりに丁寧に対応して、その方のしたいことができたという結果が出るまで徹底サポートすることがポイントになると思います。ITやデータサイエンスは、使いこなしてこそ、ビジネスに活かしてこそです。ITの力、AI の力をすごく実感しています。ビジネスが分かる人、ビジネスを進める人がITの力を自分の体に染みこませ、それを実感して、うまく使いこなしていくことが、これからの時代にはとても大切ではないかと思っています」と述べられ、講演を締め括りました。

戦略マップの策定とN1起点の戦略構築
~データ分析で会社を変える・事業戦略を革新する~

スマートニュース株式会社 執行役員 マーケティング担当 Strategy Partners 代表取締役
元 ロクシタンジャポン株式会社 代表取締役社長  西口 一希

 

 

 西口氏は講演の冒頭で、「いろいろな部門の知見がありながら、それをうまく経営に活かせない、マーケティングに活かせないということは、非常に多く見られます。経営とマーケティングの分離。そして、データと経営、データとマーケティングの分離。これらを何とかしてつないでいきたい。それに対して試行錯誤してきた中で、ひとつの土台が見つかったと思います」と述べられました。西口氏は、経営とマーケティングを統合する土台として、戦略マップの策定と、N1(具体的な1人)起点の戦略構築が重要であると説明します。戦略マップを策定して会社全体で導入することで、無駄な投資や短期的な視点から離れることができ、全社のリソースがうまく繋がっていき、N1起点の戦略構築により、ターゲットが明確になり、より効果の高い事業戦略がつくられると述べられました。

戦略マップの策定では、お客様を5つに分類します。1つ目が、ブランドに対しての認知がないブランド非認知客。2つ目が、ブランドを認知しているが、まだ使ったことがない見込み客。3つ目が、使ったことがあるが、休眠中もしくは離脱してしまった過去顧客、離脱客。4つ目が、ある程度使っていただいている現在顧客。5つ目は、非常に頻繁に使っていただいているロイヤル顧客。

戦略マップは、ブランド認知、それに対する使用経験、使用頻度の3点を調査し、人口統計を掛け合わせることで簡単に策定できます。この戦略マップがあれば、どの顧客に投資をすれば継続的な利益になるかが明確になり、逆に、一時的な売り上げと利益はどこから発生しているのかが見えてきます。そして、小売りなどの業種においては、全体の2割ほどにあたるロイヤル顧客で売り上げ全体の8割近くを占めるという統計が出ています。

戦略マップを使って行動データと認知データを可視化した後、N1起点の戦略構築を行います。西口氏は、「N1とは1人の行動を徹底的に調べようということです。その方の家族構成や、どうやってブランドに接触したのか、他のブランドとの関係はどうなっているのかなどを徹底的に見ます。例えば“世田谷区の30歳から40歳の専業主婦で意識の高い人”みたいな感じでは想像がつきません。しかし、1人ならば容易に想像できます」と言います。そして「こういった分析を10人20人と繰り返すことで、いろいろなパターンが見えてきます。そのパターンに対して、どのような手を打つかを考えていくのが事業戦略であり、マーケティング戦略です。セグメントごとに、いかにマーケティングの投資を投下していくかということになります」と説明します。

まとめとして西口氏は、「まずは戦略マップの策定をお勧めします。そんなに時間もコストもかかりません。行動データ、心理データを可視化してN1分析をする。そして複数のパターンのマーケティング投資、事業計画を作った上で、どれに焦点をあてるかという戦略を作る。ここに組織人材配分も関わってくると思います。それを短期の戦略と中長期の戦略に入れていくことで、財務計画が成り立ってきます」と述べられ、講演を締め括りました。


株式会社NTTドコモ
執行役員デジタルマーケティング推進部長
白川 貴久子


NTT入社後関西で主に法人営業と人材開発に従事。 1997年 NTTドコモ関西転籍後、広くコンシューママーケティングを担当。 2009年 情報システム部情報戦略担当、2014年 マーケティング部担当部長兼務。2018年7月より現職。社外では2001年より日本マーケティング協会関西マーケティングマイスター、2016年よりマイスター代表。2012年より日本データマネジメントコンソーシアム理事。

スマートニュース株式会社
執行役員 マーケティング担当
Strategy Partners 代表取締役
元 ロクシタンジャポン株式会社 代表取締役社長
西口 一希


1990年 P&G入社後、ブランドマネージャーを経てマーケティングディレクターを17年担当。2006年 ロート製薬入社 執行役員 CMOとして、肌ラボを年間売上30億から160億超えまで育成。 2015年 ロクシタン代表取締役社長に就任、アジア人初のGlobal Executive Committee Member、外部取締役 戦略顧問。 現在 Strategy Partners代表(コンサルティング業務及び投資活動)、SmartNews 執行役員 SVP 日本及び米国のマーケティング担当。

ラップアップ講演

 

企業としてデータ分析力をどのように高めるか

日本アイ・ビー・エム株式会社 クラウド事業本部 アナリティクス・テクニカルセールス  西牧 洋一郎

 

 

 続いての講演では、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下IBMと略)の西牧氏により、「企業としてデータ分析力をどのように高めるか」と題して、データ活用で成功している企業とそうではない企業との違いや、データ活用を行うためのチームのありかた、分析力を高めるためのツール選択法などについて、ご説明いただきました。

データ分析で解ける業務課題とは

 

 データ活用を成功させるためには3つの要素があります。まず1つ目が「What」。データ分析で解決できる業務課題はそもそも何なのか。2つ目が「Who」。データ活用を推進するのは誰であるべきか。3つ目が「How」。継続して成果を上げる仕組みの実現はどのように行うのか、です。これらにつき、順に説明していきます。

 1つ目の「What」です。データ分析は現場で使われなければ意味がありません。「そもそも一体何のデータ課題を解くのか」ということがブレると、いくら素晴らしい分析基盤を用意しても、なかなか立ち行きません。世の中のあらゆるものがインターネットにつながり、クラウドに膨大なデータが蓄積されるようになった現代、簡単にデータを取得でき、蓄積できるからといって、「何かに使えるかもしれない」というだけでデータを蓄えるのでは、コストだけがかかり、何も生み出しません。データを分析して使える形にする必要があるのです。

 データ分析プロジェクトの出発点はデータではありません、「出発点はビジネスの課題」だと、ずっと言われています。つまり、 IoT などにより、さまざまな情報が入ってくると、ついつい「データがあるから使おう」ということになります。しかし本当は逆で「こういうことをするにはどういうデータが使えるのか」という設計をしないとうまくいきません。このことは、データマイニングが流行しはじめた20年ほど前から指摘されているにもかかわらず、今でもこれで失敗される方が多数いらっしゃいます。ただデータだけをむやみに集め、意味のないデータが増え、結果として何をしたらいいのかわからなくなり、集めただけで終わってしまうというケースは実際に多いのです。

 大切なことは、まずビジネスの理解があって、「業務上どんな改善の余地があるのだろうか」「それにはどのようなデータが有効で、どのようにデータを整えればいいか」を考え、実際に整理することです。急には AI にかけることはできません。急に機械学習はしてくれません。元データをしかるべき形に整え、いろいろな特徴量を作らなくてはいけません。データの準備をし、その後、モデルが作られ、結果的に評価する。そして、「現場で使われてなんぼ」のものです。きちんと対象をテストグループとコントロールグループに分けて、その施策がうまくいったのかというところまで。最後まで面倒を見ないと、やった意味がありません。

協業と確実なパートナー作り

 

 

 2つ目の「Who」についてです。データ活用はたった1人の人が行うものではありません。データ活用は、きちんとデータを準備できる人が準備をし、それに対して機械学習などのアルゴリズムをかけて、それを何かのアプリケーションに組み込んでマネタイズしようとする。この3つに大きく分かれます。これを分業すればいいのです。データエンジニアが、データサイエンティストのためにデータを用意します。データサイエンティストは、ビジネスアナリストに「いいね」と言われるような分析を作ります。ビジネスアナリストは、そこからマネタイズするためにアプリケーションにこれを組み込みます。こう言うと、「それでいいじゃないか。分業してチーミングすればいいじゃないか」と思うわけですが、それだけではうまくいきません。絶対的なリーダーが必要です。全員を調整できる、いわゆる棟梁が必要となります。棟梁がおおよそ全体感を把握し、何が必要で何が不要かを、きちんと声に出して言わないと迷走します。協業しながら、誰かがセンターへと育つ共通基盤が必要です。

 3つ目の「How」についてです。「チームで協業すればいい」と言いましたが、データ分析は始めてしまえば旅のようなもので、きちんと拡張し、さまざまな要素を加えて育てていく必要があります。その時に全体を見通すことができ、最初から最後までの循環するプロセスとして、全てを見込んだパートナーとお仕事をしていただければと思います。 私どもIBMは、テキストマイニングの処理、最適化ツール、あるいはBIツールといったものを数多く揃えていますので、必要な時に必要な局面でそれらを加えながら、皆様のデータ分析をリッチにさせていただくことができます。最終的にはカタログを使って、安全で確実にわかりやすいデータの項目を、お客様が好きな時に引っ張ってきて正しく使うことができるようになります。まずは確実にそれが利益を生み出すようになるまでは、小さく始めて大きく育てることができます。

 データ分析で成功する企業は、確実にわかっていて確信的に「この課題から」と決めていきます。業務課題を明確に定義して始めます。次に、誰が行うかは、チームで協議をしながら統一したプラットフォームでも仕事ができるようにしています。ツールが完全になっているので、データサイエンティスト1人に仕事を押し付けるのではなく、プラットフォームを前提にしながら複数でそれを共有することができます。継続して成果を得るには、いきなり大きな成功を取りには行きません。まず確実に手堅く、何かを仕留めてしまえば、社内の関心が集まって、人とお金が集まってくることになります。そのためのお手伝いとして弊社では、皆様の次世代データプラットフォーム実現のための、「DataFirst Method」と呼ばれるコンサルティングサービスを提供していますので、お役立ていただければと思っています。


日本アイ・ビー・エム株式会社
クラウド事業本部
アナリティクス・テクニカルセールス
西牧 洋一郎


エス・ピー・エス・エス株式会社を経て、2009年IBMのSPSS統合に伴いIBMソフトウェア事業へ。流通業・通信業担当ITスペシャリストとして、顧客分析をはじめとする数多くのデータ分析プロジェクトに携わる。

事例セッション

 

企業としてデータ分析力をどのように高めるか

楽天株式会社 執行役員 楽天技術研究所代表 楽天生命技術ラボ所長  森 正弥

 

 

 最後の講演は、楽天株式会社執行役員 楽天技術研究所代表 楽天生命技術ラボ所長の森氏により「楽天が取り組むデータ活用の新しい挑戦、Creative AI への道」と題して、現代のAI、ディープラーニングの動向、「個別化時代」という特殊な時代ゆえの課題、インターネットによるマーケットの変化などについてご講演いただきました。

もはやAIを使わなければ企業は生きていけない

 

 

 ディープラーニングには大量のデータが必要だといわれていますが、GAN(Generative Adversarial Network)は、データが少ない場合でも、データを人工的に生成することができ、それによってディープラーニングを使うことができるという新しい方法を可能にしています。Creative AIは、繰り返しの仕事ではない。しかし、専門家の知識に基づいた経済的に価値のあるコンテンツを導き出す、新しいAI アプリケーションです。AI技術の一つであるディープラーニングでは、さまざまなデータがあって、そこからパターンや法則性を導き出したり、認識能力を高めてプロセスの自動化を支援していきます。さらにCreative AIは、例えば小説を書く、作曲する、決算サマリーを作るなど、繰り返しではない、人間の仕事といわれていた創造的な仕事をするAIです。我々の考え方を新しく変えようとしているアプリケーションが、今非常に増えています。「学ぶAI」から「生み出すAI」へと大きなシフトが起きているとも言えます。

 我々は AI の性能が極めて上がってきているという以前に、AIを使わないと、もう企業が、特に小売事業、コンシューマビジネスを行っている企業は生きていけないという確信を持っています。それゆえ、AI に非常に力を入れているのです。特に我々が重要視しているのは「専門家が負けていく」というテーマです。AIの性能の向上により、経験のない人でも専門家に勝るとも劣らない結果を出す例が多く出ています。さらに、人間には見出すことが不可能な関係性を見つけ出すことも、AIならば可能になってきています。

 ネットにおける購買行動で、我々が問題視しているのは、「消費者が個別化している」という現象。個別化時代への対応です。そこには、「ロングテール」というキーワードが大きく関わっています。例えばインターネット上における商品の売り上げを縦軸にとり、売り上げ順位を横軸にとると、ロングテールの分布になります。売り上げが高くない膨大な商品群が、売上全体に対して大きな貢献をしているのです。ネット上におけるさまざまなデータがこのような分布になります。つまり多様な商品を多様な人たちが買っているのです。これまでは商品企画を考えるときに、「この商品を自分が客だったら買うのだろうか」という視点は重要でした。自分や周囲の人が買う気があるかが1つの指標でした。これまではそれが正しかったのです。しかし現在では、日本全国で常に数百名、買いたい人が待機し、実際に買っているかもしれないけれども、自分の観測範囲にはリーチしている人が現れない。ネットは、距離は関係なく、ダイレクトにつながっているので、そういう分布になっています。普通にECで買っている人は、もう世界中にリーチしていて、売る側が知らないうちに普通に買っています。このような多様化の加速に対応するために、AIは欠かせない技術となっているのです。

人の持つ枠組みを変える力

 

 

 マーケットの状況の変化について、経済学の視点から見てみましょう。古典経済学では需要と供給が一致するところで商品の価格が決まり、マーケットが均衡するといわれていました。それは売り手と買い手が同じ情報を持っているという大前提があったからです。しかし、売り手と買い手は同じ情報を持ってはいません。つまりそれが、近代経済学が提唱した「情報の非対称性」という問題です。例えば、インターネットが登場する前のマーケットでは、買い手は、何を見て、何をチェックして、何と比較するかは限定的でした。商品に関する情報は、売り手にしかわからない専有のものだったのです。しかし、2000年以降には、インターネットという、新しい情報の非対称性が出てきます。買い手のほうが、売り手よりも多彩な情報を持っていることも不思議ではなくなっています。売り手の優位は決定的に崩れたのです。

 今の時代は、物事がどれだけその人にとって大事かという重要性が、結果としてその人の情報量を決めます。これは消費者ビジネスの中では非常に重大な問題です。というのは、売り手と買い手ではどちらが重要かというと、買い手のほうが重要なのです。買い手には財布の紐を開けてそれを買う理由があります。その重要性と、売り手の「売りたい」という重要性は基本的に非対称です。そして、買い手の重要性のほうが、常に圧倒的に上です。結果、買い手は売り手の持っていない情報も積極的に集めるのです。一人ひとりの買い手が、それぞれの関心に基づいて、収集する情報やリーチする能力に違いがあります。例えば10万人いたら10万人それぞれ違うということになります。それに対して売り手は一体何ができるのか。ビッグデータを処理するAIを活用することなしには生きていけないということです。

 AIは決まった枠組みの中で貯められたデータを、人間には処理できない驚異的な早さで処理でき、凄まじい精度で結果を出します。人間が持っているのは、その枠組みを変える力です。つまりビジネスとは、「お客様を変えていく」「ビジネスの枠組みを変えていく」ということなのです。新しく生み出していくことが人の仕事で、1回それができたら、それを制覇していくのが機械の仕事です。人間が持つ「枠組みを変える力」と、機械が持つ「ビッグデータ、ロングテールを制覇する力」とを組み合わせていく、新しいビジネスのドライバーが必要ではないかと我々は思っています。

楽天株式会社
執行役員 楽天技術研究所代表
楽天生命技術ラボ所長
森 正弥


06年、楽天株式会社入社。現在,同社 執行役員 兼 楽天技術研究所代表 兼 楽天生命技術ラボ所長。世界の各研究拠点のマネジメントに従事。日本データベース学会 理事、企業情報化協会 常任幹事。著作に「クラウド大全」(日経BP社, 共著)、「ウェブ大変化 パワーシフトの始まり」(近代セールス社)がある。