Innovation Seminar 2018
第3回:2018年3月8日(木) 第3回 Transform!
オープニング
アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社 マネージングパートナー・日本代表
原田 裕介 氏
最初に、アーサー・ディ・リトル・ジャパン(ADL)の原田氏から、ADLの会社概要について簡単に紹介がありました。ADLは世界で最初にできたコンサルティング会社として、イノベーションやテクノロジー、社会のパラダイムシフトにこだわりを持っていると原田氏は語ります。現在重視しているのは、社会や産業が将来どうなるのかを示す「Anticipate!」、その将来像を踏まえ新しい道筋を示す「Innovate!」、そして、本日のテーマである「Transform!」です。未来を予見し、ビジョンや戦略を策定しても、会社の組織やリーダーシップや構成員の意識改革ができなければ意味がありません。その変革のお手伝いをするのがADLであると紹介します。
次に、これまでの講演について振り返ります。「Anticipate!」をテーマにした第1回では、ソフトバンク コマース&サービスの近藤正充氏から、スタートアップや大企業のものづくりを支援するプラットフォームによって、ものづくりのシステムをどう変えようとしているのかについて紹介があったことを報告しました。また、東日本旅客鉄道の中川剛志氏から、JRが取り組むIoTやAI、ビッグデータを活用した新しい鉄道のサービスの取り組みについて紹介があったことを紹介しました。
第2回の「Innovate!」では、新しい会社の仕組みについて触れられたと語ります。ソニーの斉藤博氏からは、イノベーションを阻害する要因について言及しながら、社長直下で社外の知見を梃子にして行っている新しいものづくりの取り組みについて紹介があったことを報告しました。また、三菱ケミカルホールディングスのCDOである岩野和生氏からは、従来とはまったく異なる分野から人材を迎え入れて会社を変えていくというイノベーティブな取り組みについて、デジタルの本質やICTの大トレンドなどの紹介とあわせてあったことを報告しました。
最後に、本日の「Transform!」をテーマにした第3回について触れました。フィリップス・ジャパンの相澤仁氏からは、総売り上げ約3兆円の時に9000億円の売り上げのあるライティング事業を売却までして、会社全体をヘルステックカンパニーにトランスフォームしていくことを決めた中で、実際の生々しい悩みや学びについて語っていただくと紹介しました。そして、いち早く大企業におけるベンチャー投資の重要性に気付き、自ら西海岸に単身乗り込み、日本企業のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の中でも突出した存在となっているヤマハ発動機の西城洋志氏に、新しいイノベーション創造の考え方と経験について語っていただくと紹介がありました。
アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社 マネージングパートナー・日本代表
原田 裕介 氏
ゲスト講演Ⅰ:フィリップスのヘルステックと
異業種パートナーシップが生み出すビジネス変革
株式会社フィリップス・ジャパン マーケティング&BCD 兼 戦略企画・事業開発統括本部長
相澤 仁 氏
相澤氏は1985年に日本電信電話株式会社に入社後、MCIワールドコム日本法人社長、アクセンチュア パートナー、シスコシステムズ執行役員などを経て、2017年より現職に就任しました。今年で創業127年という長い歴史を持つフィリップスが、なぜ創業時のビジネスであるライティング事業を切り離し、ヘルスケア企業として生まれ変わったのか、今後どのようなビジネスモデルを考えているのかについて、ご講演いただきました。
超高齢化社会におけるヘルスケアのパラダイムシフト
相澤氏はまず、今日本が抱えている大きな社会的課題として、「国民皆保険制度崩壊の懸念」と「医師不足」について触れます。その背景として、「今後日本では、後期高齢者の人口が増え、一人当たりの医療費が上がっていきます。その反面、高齢者を支える生産年齢人口が減っていきます。現時点での医療費負担を見ても、患者自身の負担は全体の約13%、それ以外は健康保険の負担が約49%で残りは税金が負担しています」と語り、さらに「首都圏では75歳以上の人口1000人当たりの60歳未満の実働医師の不足は、今後35年間継続すると推測されています」と、状況を紹介します。こういった課題に対して、医療費財源の確保には限界があることから、相澤氏は「高齢者が医療機関に通う必要がない生活を送ることを目指し、病気になる前の対策(健康寿命の延伸)や、時間・空間の短縮による医療・ケアの改善や支援(効率化・自動化)に期待が高まっています」と語り、そのためにはヘルスケアのデジタル化が必要であると述べます。
また相澤氏は、疾病の構造も時代とともに変化してきたことを紹介しました。そして、病気の原因を突き止める病因論も変化し、「そこにもデジタル化の波が押し寄せています」と語ります。例えば、現代社会における疾病として大きな問題になっている慢性病については、正常と異常の区分が曖昧になり、生活習慣など、病因分析も多因子的かつ確率論的なものへと変化しています。「すなわち、どこまでが健康でどこからが病気なのかが曖昧で、なおかつ同じような生活習慣でも、病気になる人とならない人がいるということです」と語る相澤氏。これからの医療のあり方としては、「疾病リスクの対象を個人から集団として捉えることが重要になり、そのためにもITやビッグデータによるデジタル活用が求められています」と、現在の課題に迫ります。
そこで生まれたのがPopulation Health Management(PHM)という考え方で、「ある特定の集団の、健康指標やデータを分析し、リスク分類や特性に応じた対策(医療介入)によって集団全体の健康状態を改善することで、医療費削減を狙う健康管理の仕組みです」と相澤氏は解説します。
ヘルスケアのデジタル化に関するフィリップスの取り組み
このような状況に対して相澤氏は、「フィリップスは全てのヘルスケアのバリューチェーン(健康な生活→予防→診断→治療→ホームケア)の統合および循環を実現するイノベーションで、一人ひとりの生活の質の向上実現を目指しています。そのためには、病院の内外をつなげることが大切になります」と語ります。そこで、相澤氏はフィリップスの戦略に触れ、「“HealthSuite”というデジタルプラットフォームを要として、デジタルの世界で病院の内外をつなげようとしています」と紹介。一例として「昨年12月にVitalHealthという会社を買収し、一部の機能をHealthSuiteと統合してサービスを提供しています」と語り、その一つとして「慢性疾患の患者集団の診断データや日々の生体データ(血圧、体重、血糖値など)および生活環境データを統合したビッグデータの解析」を紹介しました。
一方で、これまでの医療機関のビジネスモデルはシンプルで、「いかに患者を集めるか、いかに多くの措置をするか、いかに診断報酬点数の高い措置をするかを考えています。この構造が、医療費の高騰につながっているのではないかと考えました」と語り、こうした状況を変えていくことが重要であると述べます。そして、「今後、医療費がかからない生活を支えるためには、⇒在宅医療の充実を図ることが不可欠です。また、現在、カルテは病院が所有していますが、これを患者個人が所有できる仕組みを作っていく必要があります」と、医療においてイノベーションが必要とされている状況を紹介します。さらに、「医療機関と患者の関係の変化も求められます。現在は、患者は自覚症状があると病院に行きますが、医療機関と患者がつながっていれば、自覚症状が出る前に病院側から早期に誘導することも可能になります。これによって予防や予後在宅ケアによる早期回復が望めるようになります」と語ります。すなわち、患者依存型の医療から脱却する仕組みの構築に、新たなビジネスモデル創出の機会があると考えているのです。
新たなプレーヤーの参入がもたらすヘルスケアビジネスの変革
相澤氏はあらためて慢性病について、「医療機関内での措置より院外(予防、在宅ケア)の管理が重要です。とはいえ、患者一人ひとりの住居環境などによって、ヘルスケアソリューションに違いがあり、全ての課題を解決するユニバーサルなヘルスケアソリューションの開発・提供は不可能です」と語ります。そこで、「パートナーとの協創の仕組み(エコシステム)が必要で、そのエコシステムを軸にした新たなプレーヤーの参入(取り込み)が鍵になります」と、医療関連企業ではない企業との関係づくりが重要になると語ります。「特に遠隔医療などのパーソナルケアでは、薬をはじめとするさまざまなものを医療機関から患者に送るための流通の仕組みが重要になってきます」と語り、新たな取り組みでは運送業者ともパートナーを組んでいることを紹介します。そして、「パートナーが持つ経営資源の組み合わせのユニークさが差別化に繋がる」とし、ユニークなソリューションを組み合わせた例として、健康年齢と連動した保険サービスやクレジットカードの購買行動から認知症を予測するようなサービスを紹介しました。
最後に相澤氏は、「ヘルスケアの対象は機械ではなく人間であることを認識し、最後は人間の判断が必要になることを肝に銘じるべきである」と語り、講演を締めくくりました。
株式会社フィリップス・ジャパン
マーケティング&BCD
兼 戦略企画・事業開発統括本部長
相澤 仁 氏
1985年日本電信電話株式会社 入社、MCIワールドコム 日本法人社長、アクセンチュア パートナー、シスコ・システムズ執行役員などを経て2017年7月より現職。
基調講演:新たなイノベーションシステムへの転換に向けた組織改革
アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社 プリンシパル
赤山 真一 氏
赤山真一氏は東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、アーサー・ディ・リトル(ADL)において、主にテレコム・ITサービス・メディア・エレクトロニクス企業における、新規事業参入、成長戦略策定、ターンアラウンド、事業再編などを担当しています。近年は伝統的メーカーに対して、先進ITプレイヤーの強みを取り込んだ新たな事業モデルの立ち上げを多数支援しており、イノベーションに向けた組織やプロセス変革のアプローチについて、事例をもとにご講演いただきました。
OTTプレイヤーはなぜ成長し続けるのか
初めに赤山氏は、最近はOTT(Over The Top)プレイヤーとも呼ばれるAmazonやGoogleといったITサービス企業がなぜ成長し続けているのかについて、R&Dにおける組織運営の面から行った分析を紹介しました。まずAmazonについては、「大きな目標を、少人数のチームが自律的に追及可能な個別の目標にブレイクダウンし、個別チームが自律反復的に仕事をすることを基本としています」と、組織運営の特徴を紹介しました。赤山氏によるとAmazonは、「少人数のチームの独立性を担保し、個別の機能の最適化に注力することによって、少ないリソース投入量で会社全体の業績向上を目指している」そうです。「日本企業の場合、大勢の人間が大部屋ですり合わせの議論を行うことが日常的になっています。一方Amazonでは、10人くらいのチームで個別に設定したKPIの改善を自律的に取り組ませています」と、赤山氏は補足します。そして、Amazon.comも1つの大きなサービスではなく、「マイクロサービスと呼ばれる、小さな機能が疎結合しているだけです」と紹介しました。
次に、Googleについて触れます。「Googleは一言でいうとエンジニアの会社で、サービスの企画・開発に携わる社員全員がプログラムのコードが読めることが前提になっています。そこではディレクターやバイスプレジデントは、チーム間のコミュニケーションを保つ役割を担います」と赤山氏は紹介します。さらに赤山氏は、「Googleの場合は会社の目標をいくつかのキーリザルトに落としていき、それを個別のチームで追いかける“OKR(Objective & Key Result)”という手法を導入しています」と、Googleにおける組織運営の特徴を紹介します。また、「プロジェクトのリリース日など、対外的に重要な事項も現場の判断に委ねることで、少人数での開発における品質向上を図っています」と語り、大胆な現場への権限委譲が、効率的なサービス開発実現につながっていることを説明しました。
日本企業が学ぶべきことは何か
赤山氏は続いて、日本企業がこれらのOTT企業から学ぶべきことについて紹介しました。「日本の組織運営においては、よく『空気を読んで判断しろ』と言われます。そういった組織では、コミュニティの中に長くいた人間しか判断ができなくなり、外部から優秀な人材が入ってきても力を発揮できなくなるため、成長に限界が訪れます」と、日本企業が抱える問題の一例を語ります。赤山氏は、日本企業のそういった体質を変えていくためには、OTT企業を参考に「機能ごとに少人数で自律的に動ける組織を作る」「重要な意思決定はデータドリブンでチームに任せる」「独立した意思決定を裏から支えて品質担保の仕組みを作る」といった組織運営が参考になるとアドバイスします。そして、国内外の大企業ですでにOTT企業のような組織運営を取り入れはじめている例を紹介します。「GEは優秀な人材を招聘するために、こういった組織運営を参考にしています。さらに、そこにIT企業にはないハードウェアに関する知見の深さを加えて差別化するのが最近のGEの戦略です」と、赤山氏は語ります。一方、日本企業に目を向けると、「日産自動車やデンソー、KDDIなどで、現場の状況に合わせて目標設定を変更しながら開発を進める、アジャイルソフトウェア開発が徐々に取り入れはじめています」と紹介します。
ここまでは連続的なイノベーションを実現する方法を紹介してきましたが、次に別の事例として、飛び感のあるイノベーションを実現するための手法として、赤山氏は、DARPA(米国国防高等研究計画局)のR&D手法を紹介します。「DARPAにおける意思決定を基準ははっきりしています。どんなに技術的に優れていても、何に使うかわからないものは開発しないそうです。そして、ゴールは設定するのですが、そこにたどり着く行き方は決めません。彼らはそれを“エンドゲームアプローチ”と呼んでいます」と赤山氏。ただし、この「ゴール」が意味ある目標設定であることを担保するために、新しいプロジェクトマネージャーを採用する際には、厳しい面接があるそうです。「そこでは、事前に不確実性とあいまいさを切り離すことを目的に、プロジェクトマネージャーに対して“ハイルマイヤー(1970年代のDARPA局長)の質問”と呼ばれる、シンプルだが回答が難しい質問を行います」と紹介されました。「最近はコンサルティング会社でも、DARPAのようなやり方を、大企業の事業開発に取り入れるためのプロジェクトを実施する事例が見られるようになってきました」と赤山氏は語ります。
既存組織の変革と意志決定のスピードアップが重要に
全体のまとめとして、赤山氏は「これからも企業を成長させるための方法として、“組織運営の一部を作り替える”“組織運営を全部作り替える”“OTT的組織を外部から社内に取り入れる”など、いくつかあると思いますが、あくまでもポイントは“各構成員が主体的に動ける組織を作ること”で、そこを外すと何をやっても意味がありません」とアドバイスします。さらに、「レガシーな日本企業に対して、すでにこのような組織立ち上げの支援をしていますが、最初は“目標設定ができない”“戦略が分からない”“人材の集め方が分からない”といった課題がよく持ち上がります」と例を示しました。しかしながら、「これらの課題は時間とともに解消されることが多く、こうした初期の課題が解消されると、本当の課題は既存組織側のスピードの遅さや既存プロセスとの整合にある」ことが示されました。
こうした既存組織の課題を解くことは簡単ではないが、「少人数チームに、データを基に自律的な意思決定を任せた」上で「そのチームのスピードに既存組織を適合させていくこと」が、最後は大きな改革につながりうる点で重要であるとし、講演を締めくくりました。
アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社
プリンシパル
赤山 真一 氏
東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程修了。グローバルTIME(Telecom, Information-Technology, Media, Electronics)プラクティスの日本オフィスにおけるリーダー。主な担当領域は、テレコム・ITサービス・メディア・エレクトロニクス企業における新規事業参入・成長戦略策定・ターンアラウンド・事業再編等。先進的ITの動向にも詳しく、近年は、伝統的メーカーに対して、先進ITプレイヤーの強みを取り込んだ新たな事業モデルの立ち上げを多数支援。
ゲスト講演Ⅱ:原点回帰:ヤマハ発動機の挑戦
~シリコンバレーを活用した新事業開発~
ヤマハ発動機株式会社 ヤマハモーター・ベンチャーズ・アンド・ラボラトリー シリコンバレー CEO
西城 洋志 氏
西城洋志氏はヤマハ発動機に入社後、約20年にわたり産業用ロボット事業のソフトウェア・ソリューション開発に従事。その後、2014年5月より単身でシリコンバレーに駐在し、現地でエコシステムを活用した事業開発の企画・戦略立案を行い、2015年7月に新事業開発専任子会社を設立。現在はベンチャー企業への投資も含めた、事業開発活動を行っています。ヤマハ発動機がそういった事業を始めた経緯について、ご講演いただきました。
なぜ新事業開発の必要性に迫られたのか
西城氏は冒頭、いつも他の人が気が付かないところに目を向けてきたことから「私は異星人なんです」と自己紹介しました。一例として、西城氏が海外でモーターサイクル市場の調査を行った際、「通常は動いているモビリティの写真を撮って、その使われ方やデザインなどを研究します。しかし、私が撮ってきた写真はすべて停まっているモビリティの写真でした」と語り、モビリティは停まっている間は単に空間を占拠している邪魔な存在なので、10年後のモビリティの姿を想像するにはその課題を考えることが重要だと感じたそうです。
ヤマハ発動機の既存ビジネスは「エンジン」「FRP」「ロボティクス」(最近、社内に向けては「小型エンジン技術」「車体・艇体技術」「制御技術」と言ってます。)の3つのコア技術に関連するものがほとんどですが、そこには課題があるそうです。「2015年の売り上げを見てみると、モーターサイクルとマリン関連の売り上げが全体の80%を占めています。すなわち、創業以来の事業が大半を占め、新事業の成長が不十分だったわけです」と語る西城氏。マーク・アンドリーセンの著書によって「ソフトウェアが世界を食い尽くす」との予測が広がり、ハードウェア事業が主体のヤマハ発動機は危機感を感じたのです。一方で、Googleなどの例を見ても、ソフトウェア企業がハードウェアの生産に関わることは簡単ではありません。だからこそ、ものづくりを極めてきたハードウェア企業の強みが発揮できると気づいたのです。
こうして、ヤマハ発動機は新事業を立ち上げることを決意します。西城氏は、会社の成長と新事業開発の関連性に触れ「将来、新規事業が成長したら、既存事業に負の影響を与えることもありえます」と語ります。西城氏が新事業開発専任子会社の立ち上げを引き受ける際にも、役員に対して「その覚悟はできていますか?」と確認したそうです。そのような経緯から創設された子会社の目的は「新事業創出」のプロになることで、そのために社長直轄の組織となりました。
新事業の立ち上げに適したシリコンバレーの風土
西城氏が新事業開発の拠点にシリコンバレーを選んだ理由は、新事業や技術を創出するエコシステムにありました。「シリコンバレーでは、まず起業家がインキュベーターやメンターなどからの支援を受けてベンチャー企業を立ち上げます。ここで失敗しても、もう一度起業家に戻ってチャレンジできます。また、失敗したビジネスは、現地で徹底的に分析されます。これを西城氏は「死体解剖」と評しております。この分析をもとに、失敗したビジネスに、他の起業家が別のアプローチでチャレンジすることもあります。そして成功した場合は、さらに資金や人材などのリソースをつぎ込んで成長していきます。その後IPOに成功したり、大企業からM&Aを受けたりすると、起業家は再度新しいことにチャレンジするか、投資家に転身して次の起業家を支援します」と、西城氏はなぜシリコンバレーで起業家が育つのかを紹介しました。
また、西城氏はヤマハ発動機における新事業の育て方と、シリコンバレーでの新事業の育て方の違いを紹介しました。「当社の場合、新事業を育てるための太陽は一つしかありません。その環境で新事業を新しい芽から育てても、既存事業という大きな木が邪魔をしてなかなか育つことができません。しかし、シリコンバレーには太陽が複数あります。なので、新事業も芽の段階から太陽の光を充分に浴びて育っていくのです」と西城氏は、シリコンバレーでの新事業立ち上げから学ぶことの多さを語ります。
ここで、西城氏は新事業の成長過程についてスティーブブランクの事例を用いて紹介します。そこにはホライゾン1から3までの段階があり、ホライゾン1が現在の事業、2はそこから派生する新事業、3が未知の新事業です。「ホライゾン1をベースにホライゾン2を進めても、大きな成功は望めません。むしろ、ホライゾン3をベースにホライゾン2を進めていくべきです」と語ります。そして、ホライゾン1とホライゾン3では事業の進め方がまったく異なり、それらの事業を一つの会社で進めていくことには無理があるとのこと。例えば、「ホライゾン1の場合、地図の上にベストルートを作り、その通りに事業計画を進めていくことが重要です。一方、ホライゾン3の場合はそもそも地図を作ることから始めなければいけません」と紹介し、本社から物理的にも隔てられたシリコンバレーに新事業の拠点を置いた理由を説明しました。
現在進めている新事業の可能性について
これまでに2400社以上とコンタクトを取り、その中から有望と思われる企業を170社にまで縛り、4社に出資しているとのことです。現在進められている新事業開発の一つに、ロボットにバイクを操縦させる“MOTOBOTプロジェクト”があります。改良を加えていないレース用のバイクを使い、ロボットにプロのレーサーに迫る運転をさせます。その用途の一つがバイクの評価であるとし、西城氏は「人間よりもロボットのほうが、常に公平で客観的に評価します。また、危険な運転にも対応できるので、限界を確かめることもできます」と語ります。さらに「将来的には後付けの自動運転ロボットとして、汎用性のある自動運転ドライバーに育てます。農業や建設現場など産業分野での自動運転の応用も考えています」と、さらに応用発展させていく考えを語ります。
最後に西城氏はヤマハ発動機の初代社長である川上源一氏の、「新たな流れは次々に生まれており、この流れを読んで行動し、そこから得た学びから次の行動を始めることでしか新しい価値の創出、事業などできない」という言葉を引用して、講演を締めくくりました。
ヤマハ発動機株式会社
ヤマハ・モーター・ベンチャーズ・アンド・
ラボラトリー・
シリコンバレーCEO
西城 洋志 氏
九州大学工学部卒業後ヤマハ発動機株式会社に入社、約20年に渡り産業用ロボット事業のソフトウェア・ソリューション開発に従事。2014年5月より単身でシリコンバレー駐在開始、当地エコシステムを活用した事業発の企画・戦略立案を行う。2015年7月に新事業開発専任直轄会社を設立しベンチャー企業への投資を含めた事業発活動を行っている。