CVC Interview vol.3 前編

Yamaha Motor Ventures & Laboratory Silicon Valley Inc. 西城 洋志 氏

2018/06/20 (  水 )

CVC Interview vol.3 前編

今までにない判断基準により、非連続的な事業機会を獲得

ギブ・ファーストによるインナーサークルへの参加

資金に限らず、ユニークな価値をスタートアップに提供する

Yamaha Motor Ventures & Laboratory
Silicon Valley Inc.
CEO and Managing Director
(ヤマハ発動機株式会社)
西城 洋志 氏

新事業開発、ベンチャー企業への出資検討、新たなビジネスモデルの開発などを行うYamaha Motor Ventures & Laboratory Silicon Valley Inc. のCEO兼Managing Directorである西城洋志氏に、ヤマハ発動機株式会社がシリコンバレーに新会社を設立した経緯や、インナーサークルへの入り方、スタッフ採用などについて、樋原准教授が聞きました。その前編です。

まずは、シリコンバレーでの新会社設立の経緯をお聞かせください。

樋原:まずは、シリコンバレーでの新会社設立の経緯をお聞かせください。

西城:ヤマハ発動機は現在モーターサイクルとマリーンプロダクトがメイン事業の会社ですが、第3の柱を作ることを目指して、長期間、新規事業開発を行ってきました。しかし、過去の新規事業は概ねシーズベースで、非常にオーガニックに行われ、小粒感が否めません。技術的な変化、顧客の嗜好の変化、社会情勢的な変化を見ると、今までにない大きなディスラプションと言うか、非連続的な変化がこれから起きると考えられます。そこから、過去に行ってきたようなシーズベースではない、ウォンツ、ニーズベースで、インオーガニックに新しいことをやってみる価値があるのではないかという仮説が立ったわけです。

その時、シリコンバレーは、ITに限らず、新しい価値が生み出される場所だという魅力を感じました。そこから学ぶことがあるんじゃないかということで、まずはお前一人で行ってこいとなったのです。私は元々ソフトウェアエンジニアで、メイン事業外の産業ロボットの事業部にいたので、社内ではちょっとユニークなものの見方をする存在でした。それで私が行くことになったのです。

ただ、初めての事だからこそ早く・速くやらないと経営陣の興味・期待を獲得できないだろうと思っていました。かといって、不確実性が高すぎてアクセルを全開に踏むこともできません。ですから、短期決戦と思って現地に行って、半年である程度の仮説を作り、2014年の年末には経営陣にこうやればいいんじゃないかという提案をしました。経営陣が、それだったらやってみようということで、2015年に会社を設立しました。スタッフは基本的には全員現地で雇い、私だけが日本から行っています。狙いはシナジーというよりも、当社として通常できないような非連続的な事業機会の獲得です。

不確実性の高いところも多かったと思いますが、どうやって経営陣を説得したのでしょうか?

樋原:不確実性の高いところも多かったと思いますが、どうやって経営陣を説得したのでしょうか?

西城:1つ大きかったのは、新規事業担当の常務が社長とタッグを組んで、非常に強いサポートをしてくれたこと。もう1つは、当社のDNAというのか文化というのか、経営陣の好奇心が強いんです。新しいものに対して面白いよねという気持ちの強い方が多かった。そういう意味で、うまくいくかどうか分からないけれども、やってみる価値はあるのではないかと、淡い期待感を持って送り出してくれました。私自身がヤマハ発動機の中では割とユニークな存在だったこともあって、やるとしたら西城かなという雰囲気でした。結構頑張ってプレゼンテーションを作ったんですが、経営陣からの最後の一言は「西城の言っていることは理解できないよ。だけど僕らが今回判断すべきは、西城にどれだけ金を張るかということでしょ」。そうやって決まる会社なんです。人への投資というか、まあ、やってみようという感じで進みました。2014年には経営陣もまだ半信半疑でした。ヤマハ発動機という会社が、シリコンバレーでどれだけのプレゼンスを構築できて、何ができるか、よく分からないということで行ったので。その年末に行った提案では、もう少しリアルなイメージを持ってくれたと思います。

さらにもう1つは、前社長が会社を作る直前にシリコンバレーに来てくれました。私は2日程かけて、どのようにエコシステムが回っているかを見せました。しかし、帰りに彼が「いろいろ見せてくれてありがとう。でもよく分からなかった」と言って帰ったんです。その時はがっくりきましたが、実はポジティブにつながったことが後から分かりました。帰国後の経営会議の場で、経営陣全員に向かって「シリコンバレーに行ってきたがよく分からなかった。これは経営陣として課題だ。ヤマハ発動機の経営陣は世界を知った上で経営判断をしなければならないが、シリコンバレーで起きていることに対して自分たちはイエスもノーも言えない。分からないとしか言えない。これは経営陣として課題である」と言ったんです。これで大きく潮目が変わって、経営としてシリコンバレーをどう使うのかを真剣に考えようという雰囲気になりました。

既存事業の判断においては、分からないならやらない、分かるまで調べてからやる。しかし、私の場合は「全員がノーと言わないならやらせてください。今までの判断基準じゃないものを用意してください。不確実性が高くて、よく分からないことをやるのだから」という説明をよくします。

日本の大企業の方はシリコンバレーに行ってもなかなかインナーサークルに入れない。そのため、よい投資先を見つけられないと言います。その辺りはどうでしょうか?

樋原:日本の大企業の方はシリコンバレーに行ってもなかなかインナーサークルに入れない。そのため、よい投資先を見つけられないと言います。その辺りはどうでしょうか?

西城: 半分事実だと思います。私は3つの層に分けて考えていて、それはプレイヤーとオーディエンスとビジターです。ビジターは普通に外から来た人です。問題はオーディエンスです。シリコンバレーであたかも“新規事業をやります”、‟ベンチャー投資をやります”という顔をしながら、実際には行動を起こしていない人です。プレイヤーはインナーサークルにいる人です。プレイヤーになってみると貴重な事業機会や情報が見えてきます。オーディエンスで止まっていると、普通にメディアが流している情報と大して変わらない情報や事業機会しか手に入りません。

皆さん、出資する、あるいは、お金を見せないとインナーサークルに入れないと思っていますが、私はちょっと違うと思います。もちろん出資は明確なコミットメントなので、それもインナーサークルに入る1つの手法です。しかし、シリコンバレーは少し先の未来を作ろうという人たちの集まりなので、よく分からないことがいっぱいある。だから、持っているものをギブ・ファーストする。つまり最初に与えて、どうやって世の中に新しい価値を生み出して行くかということに参加すればいいと思います。それはアイデアを出すことでもいいし、人を紹介することでもいいし、自分の持っているアセットの提供でもいい。このギブ・ファーストがなかなか日本企業にできないことなのかなと思います。

特に、物を作れるとか、物を世界中に提供できること。この辺りが、私は日本の企業の大きなアセットだと思います。お金はVCから調達できるので、事業会社に期待するのはそういったスケール、グロースのところでパートナーとしてどんなサポートをしてくれるのかということです。特に今はハードウェアが絡む事業をやっているスタートアップが増えています。そうすると、試作を経て量産となった時に、製造パートナー、ロジスティックパートナーが必要になってくる。世の中にまだない、どうやって作るかもわからないプロダクトを作ることは、日本の製造業は他国に比べて一日の長がある。生産技術を活用するのと、それを提供するというのは1つの手と言えます。

私も最初に行った2014年には、出資は考えていませんでした。私ができることといえば、産業ロボットの経験からのアドバイスだったり、人の紹介だったり。もっと極端に言うと一緒に悩んだりすることぐらいしかできなかったんです。それでも、彼らからすると、そういう視点があったのか、そういうことができるんだと、ありがたいことだったんです。その時に、必ずしもお金じゃなくていいと分かりました。例えば1億を出しても彼らにすると10の価値しかなく、お金は出さないけれども別の形で15の価値を提供できるとしたら、それでもいいのではないかと考えるようになりました。そうやってインナーサークルに入り、プレイヤーになることもできる。そうすれば、事業機会とか投資先に限らず、さまざまな情報が入ってくるようになると思います。

樋原:貴重なお話をありがとうございました。

後編へ続きます。


 

Yamaha Motor Ventures & Laboratory
Silicon Valley Inc. CEO and Managing Director
(ヤマハ発動機株式会社) 西城 洋志氏

九州大学工学部卒業後、ヤマハ発動機株式会社に入社。約20年に渡り表面実装技術とロボット事業においてソフトウェア開発、ソリューション開発および新事業開発に従事。2014年5月よりYamaha Motor Corporation, USA のNew Venture Business Developmentの部長となり、その時期にシリコンバレーのエコシステムを活用した新事業開発の企画・戦略立案を行う。2015年7月にYamaha Motor Ventures & Laboratory Silicon Valley Inc.設立し、ベンチャー企業への投資を含めた新事業開発活動を行っている。

インタビューアー:
樋原 伸彦 氏

1988年東京大学教養学部教養学科(国際関係論)卒業、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。世界銀行コンサルタント、通商産業省通商産業研究所(現・経済産業省経済産業研究所)客員研究員、米コロンビア大学ビジネススクール日本経済経営研究所助手、カナダ・サスカチュワン大学ビジネススクール助教授、立命館大学経営学部准教授を経て、2011年から現職。米コロンビア大学大学院でPh.D.(経済学)を取得。専門はファイナンスとイノベーション、特にベンチャーキャピタル、コーポレート・ベンチャー・キャピタル、エコシステムなど。

担当:
ビジネス・フォーラム事務局 プロデューサー 山本 沙紀

立命館大学にてベンチャーファイナンスを専攻。サービス系ベンチャー企業を経て2013年ビジネス・フォーラム事務局に入社。New Business Creation Forum企画考案・企画者。他、人事系・製造業など幅広く企画を担当。