CDO Interview vol.14 後編

株式会社 東芝 執行役常務 最高デジタル責任者 島田 太郎 氏

2019/11/11 (  月 )

CDO Interview vol.14 後編

  • IoTを簡単に実現できるプラットフォーム『ifLink®(イフリンク)』で
    描いている未来とは?
  • CDOの役割はカタリスト!
    ~デジタルとフィジカルの間で橋渡しを~

東芝は、2018年11月に発表した全社変革に向けた5ヵ年計画「東芝Nextプラン」の中で「世界有数のサイバー・フィジカル・システム(CPS)テクノロジー企業を目指す」ことを打ち出しています。

同社の執行役常務 最高デジタル責任者として、東芝グループを世界有数のCPSテクノロジー企業に進化させていくための大変革を指揮されている島田 太郎 氏に、『変革を担うリーダーの価値観』や、『いかに取り込もうとしているのか』を伺った、神岡太郎教授のインタビューです。

 

株式会社 東芝
執行役常務
最高デジタル責任者
島田 太郎 氏

東芝におけるデジタルトランスフォーメーションについて、
現在(インタビュー時:2019年9月)どれくらいの成果が出ておられるのでしょうか?

島田:東芝は、2023年までに基礎収益を高めていく「東芝Nextプラン」というのを打ち出しているのですが、私はその中でもサイバーフィジカルシステムの部分を進めています。既に具体的にビジネスとして立ち上げる予定のものも12個ほどあり、そのうちの1つは11月にシンガポールで実証が始まります。

それと、私が今最も力を入れているのは、POSです。東芝テックのPOSにおける日本でのマーケットシェアは現在5割以上ありますので、購入履歴の情報を電子化して流通させることで様々な可能性が開けると思っています。例えばAmazonで商品を買うと、おすすめの関連商品が表示されるなどの仕組みがありますよね。このようなオンライン上での購入体験を、オフラインの世界でも実現しようという試みです。

この取り組みに際して最も重要なことは、人権の問題です。購入履歴は個人のプライバシー情報なので、この情報を流通させるにあたってユーザーの同意を得る必要があります。ただし、ユーザーが違和感を持つようなやり方は絶対にNGです。例えばですが、Googleで旅行について検索すると、その後他のWebサイトを閲覧しても旅行の広告が出たりしますよね。何故それが出てくるのかの不明確なのでユーザーにとっては違和感が大きすぎます。一方で、長い規約を読ませて同意させるようなのも、ユーザーファーストではありません。もっと理由が明らかで、違和感なく、また購入履歴を公開することにメリットを感じてもらえるように実施する必要があると思うのです。

東芝テックでは、レシートを電子化できる『スマートレシート』というサービスを提供しています。ユーザーにとっては、紙のレシートを管理する必要がないのはもちろん、その人の購入履歴に合った商品のクーポンを配信できるなど、企業とユーザーの快適な関係を構築できるのがメリットです。中国では既にQRコード決済が浸透していて、このようなことは当たり前になっていますよね。そういうプラットフォームを、POSのマーケットシェアNo.1である東芝が導入することに価値があると思っています。

他にも、東芝が取り組んでいるIoT化のプラットフォーム『ifLink®(イフリンク)』も興味深いですね。この事業についても、お聞かせください。

島田:『ifLink®』は、スマートフォンやタブレットにifLink®アプリをインストールすることで、市販のセンサーやWebサービスと組み合わせたIoTを簡単に実現できるプラットフォームです。
例えば、車で何か異常が発生したときにスマホに通知したりメールを送ったり、いつも使っている物の残量が減ったら注文するといったような。機器同士を連動させるのは従来手間がかかりましたし、対応機器も少なかったですよね。しかし、東芝ではその手間を減らしてハードルを下げるために、QRコードがついたカードを作りました。そのQRをスマホで撮れば、自分に必要なIoT化が簡単にできるわけです。

これまでもホーム型IoTに関しては、Amazonがスマートスピーカーのアレクサを投入するなど、手掛けている企業は多かったと思います。しかし、そのメーカーの製品でないと繋がらないなど、不便な点も多くありました。ただ、『ifLink®』の場合は既に買った製品でも後付けできます。

この『ifLink®』の取り組みにおいて重要なポイントは、東芝だけでなく他の多くの企業とともに進めることです。現在様々な企業の所へ足を運んでいますが、もし多くの企業とともに取り組めたとしたら、日本初の大きなIoTプラットフォームが誕生します。

先進的な取り組みをするにあたって、タイミングは重要だと思います。
早すぎても、遅すぎても上手くいきませんよね。その辺りはどのように
お考えでしょうか?

島田:おっしゃる通り、同感です。タイミングはコントロールしなければなりません。コントロールするためには入念な準備が必要だと、シーメンス時代にどっぷりと学びました。シーメンスはファクトリーオートメーションで世界1位の会社ですが、ファクトリーオートメーションの機器はコモディティ化すると言われて久しいものです。クラウド化していくとか、ソフトウェア化、ネットワーク化するなど。しかし、もしも次の一手を出せば既存の自社の牙城を崩すことにつながりますので、彼らは色々なタイミングを戦略的に考えています。

有名な話ではありますが、Appleのスティーブ・ジョブズはiPhoneよりも先にiPadを作りましたよね。しかし、先にiPhoneを発売する判断を下しました。その後iPhoneが大ヒットしたタイミングで、iPadを発売したのです。ユーザーが操作に慣れて、「そろそろ大きい画面の方が良いな」と思い始めたタイミングでiPadを出すというのは、世の中のソーシャルアクセプタンスのレベルを見ているからこその判断です。世の中の流れについてよく考え、市場のタイミングをコントロールする重要性がわかります。

最後に、CDOというポジションについて聞かせてください。
現状と今後も含め、どのような役割を担うべきだと思われますか?

島田:CDOだからといって「デジタル」に囚われることなく、会社を発展させるために新しいビジネスを開拓できる環境をつくることが重要だと思います。デジタルとフィジカルの間の橋渡しをしなければなりませんから、その両方を理解し、カタリスト的な役割を果たす必要があると思います。

最近では『出島』を作るということもよく聞きますよね。本社の組織とは離れたところで別部隊をつくり、新たなコトや事業生み出すことが可能になるといった論調もありますが、私はそれには反対なんです。デジタルについては『出島』の部隊が担うべきだ、というのはちょっと乱暴なやり方だと感じていて、そうではないだろうと。そのやり方だと「既存の社員にデジタル分野はできない」というニュアンスが出て、会社を分断してしまいます。誰1人としてデジタルから逃れられる人はいませんから、全員が自分の頭で考える必要がある。だからこそ私は、東芝のBIOS*(バイオス)をアップデートしなければならないと思っているのです。

そう考えれば、今の肩書はCDOですが、正直なところ肩書はあまり意識していません。
肩書がCDOだからとか、デジタルがどうとか言うよりも、哲学や概念を持って変革を進めることが重要です。この先、東芝が目指しているプラットフォーマー的な存在になるためにも、自分達の現状を疑い、仕事の範囲を再定義してデジタルビジネスモデルの改革を推進していきたいと思います。

<注釈>
*BIOS(バイオス):Basic Input Output Systemの略。OSの起動や、PCと接続機器間の入出力を制御するプログラム。

インタビュアーからのコメント

島田氏は、一気にお話をされる方で、その中にはこのインタビュー原稿に収めきれなかったことも含めて、面白い話がいくつもありました。CDOとしての島田氏のパーソナリティにも興味深いところがあるのですが、それは別にしまして、以下2点について書かせていただくことにします。

一つは、類似性があるという観点から、しばしば比較対象となる日本とドイツの製造業についてです。島田氏は、今や両者の進む道が、DXの流れの中で大きく分かれてしまったのは、理念を持つのかどうかという差によると述べられています。もちろん、日本企業も、様々な場面で理念やビジョンを提示していることは多いのですが、それがお飾りでなく、本気なのか、そして実質的で実効的なのかというところで差が出たのではないかと私は解釈しました。現象の深層にあるものが何かを見極め、曖昧に変革を進めないという覚悟が必要だということなのでしょう。日本企業にとって痛いところを突いているように感じました。日本企業のDXが表面的なITの入れ替え作業だとしているなら、この差は絶対に埋まらないでしょう。

もう一つ印象に残ったのは、社内のリソースをもっと積極的に効果的に使おうという姿勢です。同様の考え方が出島戦略を取らないというところにも表れています。拙著「デジタル変革とそのリーダー CDO」の中で、多くの企業が出島戦略を取ろうとしていることを指摘しましたが、一方で、流行でDXを行うことには注意を促させていただきました。自社が行き詰まりを感じたから直ぐに外部リソースや出島戦略に飛びつくのではなく、まず自社をよく見るべきだということでしょう。話が少しそれるかもしれませんが、経営の基礎で環境分析としてよく習うのが、マクロ環境分析に加えて3C分析(Customer, Competitor, Company)です。この中の最後にある自社の内部環境(Company)が意外に疎かになります。外の環境ばかり見て、自社に対しては近視眼的になって、よく見ていないということが起こり得ます。島田氏は東芝の外からCDOとして採用され、外の視点から中を見られているのだと思います。自社本体の中で、まず新しい価値創造が出来ると判断されたのだと思います。非常に興味深いところです。DXといっても、全ての企業が同じやり方でやる必要はないわけです。このスタイルで、今後の東芝におけるDXがどのように進むのか、とても関心のあるところですね。

一橋大学商学研究科 教授 / CDO Club Japan顧問
神岡太郎

 

【企画・編集責任者】
ビジネス・フォーラム事務局 プロデューサー  
進士 淳一

神岡 太郎 教授の近著『デジタル変革とそのリーダーCDO』(同文館)も、 是非、ご一読ください。 デジタル変革(DX)、CDO(Chief Digital/Data Officer)の整理・理解するうえで、 最適の一冊です。