日本企業のグローバル化が加速する昨今、CFOに求められる役割は、単なる財務・経理管理の域にとどまりません。経営者の右腕として、経営にその手腕を発揮することはもちろん、時にはCEOの一面を併せ持ち、企業価値向上の一翼を担っていくことが求められています。
このたび、ビジネス・フォーラム事務局では、新たに「CFO Interview」と題したシリーズをスタートいたします。企業のCFOの方々にご登場いただき、CFOが抱える課題や解決すべき事項、さまざまなトピックなどについてお話しいただくとともに、インタビューを通じてCFOの今後のあるべき姿についても考察していきます。
第1回となる今回は、エーザイ株式会社 専務執行役 CFO、早稲田大学会計研究科客員教授 柳 良平氏に登場いただきます。
エーザイ株式会社
専務執行役 CFO
早稲田大学会計研究科客員教授
柳 良平 氏
公職として、東京証券取引所上場制度整備懇談会委員、経済産業省「伊藤レポート」執筆委員、米国公認管理会計士協会(IMA)日本支部常任理事の任にある。職歴としては、都市銀行支店長、メーカー財務部長、UBS証券エグゼクティブディレクター等を経て現職。
京都大学博士(経済学)。
【著書】
「ROE革命の財務戦略」(単著 中央経済社 2015年)
「ROE経営と見えない価値」(編著 中央経済社 2017年3月発行)
- 世界の投資家はなぜ日本企業の価値を低く見ているのか
- 「ROESGモデル」によって日本企業の価値は倍増できる
日本企業はなぜ世界の投資家から不当に低く評価されているのでしょうか。近年ではアベノミクスのガバナンス改革や「伊藤レポート」などで企業のROE(自己資本利益率)は向上してはいますが、道半ばの状況にあり、企業側にはその質が問われています。今回は柳氏の提唱される、投資家が求めるROE経営と、経営者が重視するESGを連携させた「ROESGモデル」から、日本企業がその企業価値を向上させるためのポイントについて聞きました。
世界の投資家は日本企業の価値は低いと見ている
――柳様は「世界の投資家から日本企業の価値が低く評価されている」とおっしゃっていますが、世界の投資家は日本企業の何を見ているのでしょうか。
柳:まず、過去30年のデータで、もしアメリカ株を30年前に購入していたら、TSR(株主総利回り)は年平均15%くらいの利益を得られたことになります。一方、日本株を30年前に購入していたら、TSRは年平均5%くらいです。
また、会計上の簿価純資産の何倍の時価総額になっているかの指標PBR(株価純資産倍率)を、過去10年間で比較すると、日本は1倍、イギリスが2倍、アメリカが3倍と、価値評価が大きく乖離しています。グローバルに比較してみたとき、日本の株価がきわめて低いということが言えます。
PBRの比率は、現金保有が過剰な場合は悪くなる傾向があります。2018年3月末のデータでも、広義の現金が時価総額より大きい会社が、日本の上場企業のおよそ10%、300社以上存在します。グローバル比較において会計上の価値に対する時価総額が著しく低いと言われ、株主の不満にもつながっているわけです。
――柳様は以前、「世界の投資家が企業と対話すべきと考えている課題は自己資本利益率(ROE)がトップ」とも話しておられます。
柳:2014年に日本版スチュワードシップ・コード(「責任ある機関投資家」の諸原則)が制定されたとき、金融庁から「投資家は日本企業ともっと深い対話をしてください」という要請が出ています。
私は10年以上、毎年、世界の投資家にアンケートを行っています。日本版スチュワードシップ・コード制定時、グローバル投資家に「企業と投資家の対話の課題で、最も重要なテーマは何ですか」という質問をしているのですが、一番多かった回答がROEです。例えば、30年という長期では、時価と簿価が収斂してきます。時価での株主リターンであるTSRは簿価での株主資本に対する利益率であるROEに収斂することを多くの投資家が肌感覚として認識しているのです。
もう1つ、PBRはROEとPEEの積ですから、ROEを高めるとPBRが高まるという関係があります。これは、資本市場で認知されている事柄ですので、世界の投資家はROEを最も重視すると言えるでしょう。
――企業が重視するESGなどの「見えない価値」が、投資家が重視するROEなどの「見える価値」にどう結び付いているのでしょうか。
柳:PBR 1倍までは、会計上の簿価の純資産です。PBR 1倍超えの部分は市場付加価値あるいは「自己創設のれん」ですが、これはインタンジブルズ(非財務資本関連)、ESGの価値、見えない価値にリンクしています。
ESGの価値、見えない価値が事業を通して、あるいは投資家と企業の対話によって市場に認知されるとPBR 1倍以上の部分になり、それは残余利益モデルでは将来のROEの期待値の関数にもなるので、簿価を超える付加価値創造を通じてESGとROEは、長期の時間軸では結び付いていると言えます。
不都合な真実、「日本企業の100円は50円?」
柳:私の行った大規模サーベイでは、世界の投資家は日本企業が保有する100円の価値を50円として評価しています。バランスシートに載っている100円は会計上100円ですが、外国人投資家は、企業価値評価というフィルターを通すとガバナンスディスカウントから日本企業の100円はおおむね50円だと言っています。
理由は2つあります。1つは、価値を破壊する投資への懸念です。もう1つは、経営者の保身のために大量の現金をため込んで、積極的な投資もしなければ、株主還元もしない。それは「死に金」と同じと見なされてしまう。そこで、半分くらいに見ておこうという事象が起こっているのです。世界の投資家アンケートがその定性的証拠です。定量的な証拠、実証研究もあります。私の論文では、過去10年間の日本企業の財務分析と市場データから現金100円の価値を重回帰分析すると、平均的なコーポレートガバナンスの日本企業では、100円がおおむね50円の数値に値することを報告しました。
――日本企業がお金の実質的価値を高めるには何が重要なのでしょうか。
柳:1つは、投資採択基準を明確化して、その説明責任を果たすことです。すなわち、正味現在価値を計算して、それがプラスになる投資を厳選しているという社内ルール、財務のポリシーなどを定めて投資家に説明することによって信任を得る。もう1つは、最適な資本構成、バランスシートマネジメントをして、余剰の現金は状況に応じて株主還元をする。やはり、コーポレートガバナンスの質を高めることが、価値評価を高めるということにつながってくると思います。