CMO Interview vol.5 後編

ボルボ・カー・ジャパン株式会社 シニア・マーケティング・ディレクター 関口 憲義 氏

2019/08/28 (  水 )

CMO Interview vol.5 後編

  • ブランド構築など目的ごとに適した顧客接点を設計
  • 顧客データベースとMAツールでCRM向上
  • 時代の変化に対応するマーケティングのバランス感覚が求められる

インタビュー前編では、ボルボを復活させた改革とブランドの再構築について聞きました。インタビュー後編では、同社の躍進を支えるマーケティング戦略と具体的なお取組みについて、引き続きボルボ・カー・ジャパン シニア・マーケティング・ディレクターの関口氏へお話を聞きました。

 

ボルボ・カー・ジャパン株式会社
シニア・マーケティング・ディレクター
関口 憲義 氏

1988年、株式会社電通に入社。マーケティングの実務畑を歩み、大手自動車会社、大手電機メーカー、大手通信キャリア、外資系トイレタリー会社などのマーケティング・コンサルティング、ブランディング、新規事業戦略立案に関わる。2001年、海外研修員として米国へ。2003年5月、ノースカロライナ大学チャペルヒル校、キーナン=フラグラー・ビジネス・スクール(MBA)修了。2014年11月1日よりボルボ・カー・ジャパン株式会社に入社、現職。専門はマーケティング、ブランディング、CSR/CSV。

ブランド構築はテレビ広告、LTV向上はデジタル施策など
目的に応じた手法選択

――ブランド価値を向上させるためのマーケティング手法は、どのような使い分けをしていますか?

目的ごとに適した役割を果たす手法を選んで、顧客接点をつくっています。例えば、認知度向上にはテレビ広告、顧客体験の向上にはデジタルマーケティング、そしてデジタル施策によって収集したデータを活用したCRM(Customer Relationship Management)により、お客様のLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を向上させるなど。

高級車ビジネスはブランドビジネスですから、ブランド価値の構築は生命線です。ブランドの世界観を浸透させる目的ならば、少なくとも私どもにとっては、テレビ広告は有効な手法だと考えています。というのも、お客様の年齢層が下は30代後半から上は70代であり、この方々に効率良く到達できるメディアがテレビだからです。さらに、ボルボのような「マスプレミアム」な商材に関して言えば、デジタル広告はブランド構築にはあまり向いていないというのが個人的な意見です。「マスプレミアム」というのは私の造語ですが、ほんとうに限られたお客様がターゲットであるトップエンドのプレミアムとは異なり、プレミアムでありながらマス層をターゲットとする商材においては、実際に購入していただけるお客様に到達するのはもちろん、お客様の周りの人にも到達して認知度を向上させる必要があります。周りの人がボルボを知っていて、憧れていることに価値があるのです。そのためにも、テレビ広告ではスウェーデンの価値観・人間中心のデザイン・安全性の3つのみを一貫して伝え、世界観を浸透させています。

――デジタル広告は、どのような目的で活用されているのでしょうか。

デジタル広告は、主にキャンペーン施策で活用しています。デジタルはターゲティングすることで効率良く伝達できる手法であり、そこからデータを収集してPDCAを回せるのがメリットですから、ボルボでは見込み顧客の発掘にプライオリティをおいてデジタル広告を打っています。具体的な例を挙げると「お好きなボルボを一年間無料でお使いいただけます」というキャンペーンなど。このキャンペーンには「ボルボが欲しい」と思っている方が応募してくださるので、その方々のデータを集め、CRM施策によってナーチャリングをします。また、CRMを促進させるために、MA(Marketing Automation)ツールも導入しました。このMAツールが収集したデータによって、お客様のペルソナもわかり、よりきめ細かいサポートでお客様との関係構築が可能になっています。

変化の激しい時代に求められるのは「バランス感覚」

――車業界ではディーラーがお客様と非常に強く結びついているので、お客様のデータをメーカー・インポーター側で収集するのは難しいイメージですが、その点はいかがでしょうか。

おっしゃる通りで、車業界はB to Cのように見えて、ディーラーを介したB to B to Cの構造であり、一般的には私どもの方にはお客様のデータが集まりにくいのが通例です。ただし、ボルボはディーラーとの関係が非常に良く、以前から顧客の情報を共有するセントラルデータベースを置いていました。そんな背景もあって、既存のデータとMAツールで集めたデータを掛け合わせることで、お客様のニーズに合わせた打ち手、きめ細かいCRMが可能になりました。それぞれのお客様に合わせた提案ができるようになったので、LTVの向上に向けて取り組んでいます。

こうした顧客データベースの構築には相当な時間を要します。ボルボが比較的以前からセントラルデータベースを保有していたことがプラスに働きました。そもそもボルボは世界で最も小さな独立系自動車会社のひとつであり、組織もコンパクトで決断が速いです。更に、スウェーデンにはリスクが取れる組織文化があり、このような動きをスピーディにできたという点もあります。

――今、デジタル時代と言われるような波の中で、環境も大きく変化していますが、今後はどのような手法を
取っていくべきだとお考えでしょうか。

現在の日本のボルボのマーケティング手法は、今のお客様や環境に合わせたやり方であるため、今後例えばお客様がデジタルネイティブ世代へと移行していったり、セールスパーソンとの関わりが大きな顧客接点ではなくなったりするなどの変化に合わせて、様々なマーケティング手法を戦略的に組み合わせる必要があると思います。昨今はデジタル施策に注目が集まっていますが、商材や顧客層、目的によってはテレビ広告のようなマス向けの媒体が効果的な場合もありますから、デジタルを活用した新しいマーケティング手法を含め、それぞれの効果を考慮して、目的を達成するためのバランスの良いマーケティング戦略を考えることが求められるでしょう。旧来のマス広告・新しいデジタルのマーケティング手法・ECや店頭販促施策まで幅広く目配りできるスキルが必要な時代と言えるのではないでしょうか。

インタビュアーからのコメント

マーケティングにおいて、「顧客を知り、ニーズを捉える」ことが重要であると理解しつつも、特に顧客が見えにくい構造に身を置くB to B企業にとっては難題です。実はB to B to Cのビジネスである同社では、顧客をダイレクトに見るために2つの方法を融合させています。1つ目は、デジタル上で顧客の行動データを収集すること。2つ目は、パートナーである販売代理店と連携し、顧客の情報を共有するセントラルデータベースを構築していること。同社はこのように顧客を捉えるための仕組みを変えたことで、メーカー側でも販売代理店側でも、それぞれの顧客に最適なサービスや提案が可能になりました。

消費行動や顧客の価値観が目まぐるしく変化する中、自社の顧客を捉えることの重要性はさらに増しているように感じます。ビジネス構造上の難しさを乗り越える仕組みや打ち手を見出すことが求められているという、B to Bマーケティングにも通じるヒントをいただいたインタビューとなりました!

【インタビュアー 兼 企画編集担当】
ビジネス・フォーラム事務局 プロデューサー  
松岡 英美

大学卒業後、産業機械メーカーの営業企画としてマーケティングに携わり、新市場開拓・営業活動を行う。その後、ビジネス・フォーラム事務局に入社。企業のエグゼクティブを対象に、CMO Forum をはじめ、マーケティングやデジタル変革、働き方改革、コーポレートガバナンス等、経営課題に寄り添ったテーマのセミナーを多数企画。イベントプロデューサーとして、企画から運営までを指揮統括している。

※記事掲載の所属・役職名は2019年8月時点のものです。