CMO Interview vol.5 前編

ボルボ・カー・ジャパン株式会社 シニア・マーケティング・ディレクター 関口 憲義 氏

2019/08/28 (  水 )

CMO Interview vol.5 前編

  • 顧客理解によりロイヤルティを高めるブランド再構築施策
  • 従業員満足(ES)の向上が顧客満足(CS)につながる
  • 単なる車売りではなく一流のサービス業へ

輸入車で初めて2年連続日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞し、5年連続で販売台数増を実現しているボルボ。同社の躍進の裏には、ブランドの再構築とデジタルとリアルを融合したマーケティング戦略がありました。インタビュー前編では、ボルボ・カー・ジャパン シニア・マーケティング・ディレクターの関口氏へ同社の変革の軌跡を聞きました。

 

ボルボ・カー・ジャパン株式会社
シニア・マーケティング・ディレクター
関口 憲義 氏

1988年、株式会社電通に入社。マーケティングの実務畑を歩み、大手自動車会社、大手電機メーカー、大手通信キャリア、外資系トイレタリー会社などのマーケティング・コンサルティング、ブランディング、新規事業戦略立案に関わる。2001年、海外研修員として米国へ。2003年5月、ノースカロライナ大学チャペルヒル校、キーナン=フラグラー・ビジネス・スクール(MBA)修了。2014年11月1日よりボルボ・カー・ジャパン株式会社に入社、現職。専門はマーケティング、ブランディング、CSR/CSV。

顧客のロイヤルティを高めるマーケティング

――ボルボが注目を浴びる契機となったのが、やはり日本カー・オブ・ザ・イヤーの2年連続受賞かと思います。そのあたりを含め、まずはブランド再構築の背景についてお聞かせください。

車が売れない時代と言われるなかで、ボルボも苦しい状況が続いていました。2014年時点では販売台数も低下し、業績も悪化。しかし、そこからV字回復を果たし、2017年には「XC60」、2018年には「XC40」が日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。輸入車の2年連続受賞は初めての快挙でした。

受賞までの道のりとしては、2014年7月にボルボ・カー・ジャパンの代表取締役社長に木村隆之が就任し、新体制を敷いて改革を進めたことがきっかけです。それ以来、マーケティングではブランドの再構築に注力してきました。一方で、本国のボルボ・カーズが技術開発に投資をし、新開発した「SPA」と呼ばれるシャシーを採用した新車群を投入してきたのですが、その成果が「XC60」として形になり、こうした要素が重なり合って2017年の日本カー・オブ・ザ・イヤーの受賞につながったのです。

――ブランド再構築のためにマーケティングの面からはどのような取り組みをされましたか?

まずは、ボルボのお客様を理解するところから始めました。どのような点を評価していただいているのか、データを収集して一通り洗い出したのです。その結果、お客様の世帯年収や職業構成などのファクト面で言えば、メルセデス・ベンツやBMWなどのようなプレミアムブランドに決して引けを取らないような方々がボルボのお客様であることが、最も大きな発見でした。そこで、現在のお客様のCS(Customer Satisfaction:顧客満足)を高めて、ロイヤルティを向上させる方向に舵を取るべきだと思いました。そのためにはプレミアム性を強化してブランドを再構築することが必要であり、「受動安全から能動安全へという安全イメージの再強化」「スウェーデン・北欧のイメージで差別化」「人間中心のデザイン」の3つの柱で進めることに決めたのです。

ボルボブランド再構築の3本柱

――まず「プレミアム性の強化」については、どのようなお取り組みをされましたか?

ボルボの車は、もともと安全や頑丈なイメージを持っていただいていましたが、他の高級車ブランドに比べると高級感やプレミアム性が弱いのが実情でした。しかし、せっかくプレミアムブランドとも遜色のないお客様にボルボが支持されているのであれば、それにふさわしいプレミアム性を付加しようと考えたのです。

ただ、「プレミアム性の強化」と言っても一朝一夕には実現できません。先述したブランドの「三本柱」を繰り返し訴求することに加え、広告を含む表現を可能な限りグローバルのフォーマットに統一していきました。ブランド強化のために、商品にも手を入れました。具体的には、安全装備を標準化しました。すべてのお客様に今考えられる最も良い安全装備を享受していただきたいと考え、グレードに関係なく安全装備を加えることにしたのです。これはボルボの「人間中心のデザイン」というフィロソフィーにも沿ったもので、「車は人によって運転され、使用される。したがって、ボルボの設計の基本は、常に安全でなければならない」という考え方です。さらに、機能面も充実させることで、ブランドの価値も向上し、売価も上昇。単価が上がることで、プレミアム性の獲得につながったと思います。

――安全装備で受動安全は強化しつつ、さらに能動安全として運転支援にもつなげていったのが
「安全」の柱ですね。

そうです。時代が変われば車へのニーズも変わってきますが、これからは自動運転などの技術が開発され、社会に実装されていくと思われます。それに伴い、求められる安全の質も変わってきます。これまでは、衝突時の衝撃を減らすなど受動安全のニーズが強かったけれども、今後は「そもそも衝突しない車」が求められる。そのような流れに対応するためにも、能動安全や運転支援機能も強化していきます。

――2つ目と3つ目のイメージの柱については、どのような施策を?

日本市場における高級車のブランドイメージは、製造国のカントリーイメージと非常に強く結びついています。ボルボはスウェーデンの車ですが、日本人が持つスウェーデンや北欧のカントリーイメージも大変良いと感じています。スウェーデン製の乗用車は今はボルボだけですし、そのイメージを強く打ち出すことで差別化しようと考えました。

例えば、車のインテリア。スウェーデンは冬が長いので、家の中で暮らす時間が長く、だからこそ家具は親しみやすく使いやすい、かつシンプルで飽きがこない、言わば「人間中心」のデザイン哲学があると言われています。ボルボ車のインテリアも、そのような北欧家具の考え方に則っています。

それと、高級車のインテリアは黒色が主流ですが、ボルボでは店頭のデモンストレーションで置く車は黒色の内装を避けるようにしています。ドイツ車との差別化の意味もありますが、北欧やスウェーデンの雰囲気との協調を考えてのことです。白色など明るい色のインテリアによって、ドイツ車とは異なるプレミアム感を醸し出すことができ、女性にも喜んでもらえました。

安全に関してもそうなのですが、自分の生活や家族を守るといった「自分と自分の大切なものを守る」という価値観は、北欧的な考え方でもあります。実際にボルボのお客様もそういう価値観の方が多く、スウェーデンや北欧の考え方に共感していただいているのだと思います。ボルボにお見えになるお客様は、典型的には家族でお見えになって、全員でご相談いただきながら決めていく方が多い。これも価値観のあらわれなのではないでしょうか?

「単なる車売りではなく一流のサービス業に」
時代を読むCS向上施策

――CSを高めるための取り組みとして、顧客接点の面ではどのような取り組みをされましたか?

お店に関しても、北欧を感じていただけるデザインにしました。2013年より世界各国のショールームに「VRE(Volvo Retail Experience)」という新しいコンセプトを導入しまして、外観は氷山のようなイメージで北欧の雰囲気をつくり、店内は北欧インテリアを使ったリビングルームのようになっています。

また、2017年10月には、「ボルボスタジオ青山」をオープンしました。ここはVREの考え方を更に発展させた「ブランド・コンセプト・ストア」で、イタリア・ミラノに続く世界で二番目のオープンです。ディーラーとは違って、ボルボをあまり知らないお客様にスウェーデンのライフスタイルやボルボブランドについて知っていただくための場所となっています。高級車ブランドのショールームが並ぶ青山通りの一角に店舗を構えることは、プレミアム性の強化にもつながっています。

――顧客満足向上のために、従業員のトレーニングを徹底したとお聞きしています。具体的にはどのような
トレーニングを実施されたのでしょうか?

顧客体験を向上させるために、ディーラー含め、お客様の第一接点となるセールスパーソンやサービスパーソンへのトレーニングを強化しました。振る舞いや接客スキルだけではなく、商品研究やブランド理解のために、サーキットでのニューモデルの研修をセールス及びサービススタッフ全員に実施しています。また、顧客体験を向上させることももちろんですが、その前に従業員のモチベーションも大切です。ディーラーのセールスパーソンにも意識調査を実施し、その上でボルボブランドの理解を促進したり、ディーラーで教育してもらったりしました。従業員の生の声を聴くことで改善点が見つかり、接客も変わって顧客満足につながります。

――やはり業界の状況的にも、これまで以上にサービスの質を高める必要があるということでしょうか。

まさに、そうだと思います。自動車業界を取り巻く環境は大きく変化しており、例えば「CASE(Connected/Autonomous driving/Shared services/Electrification)」や「MaaS(Mobility as a Service)」のような動きもありますので、それらへ対応することを見据えたあり方を模索しているところです。そのためにも、ボルボは単なるカーディーラーではなく、一流のサービス業になり、高級車を中心としたライフスタイルをご提案することでお客様に満足していただくことを目指しています。

インタビュアーからのコメント

車は購入者のステータスシンボルとなる側面があり、ブランドの役割が大きい商材です。だからこそ、メーカー側の発信するブランド価値と顧客が感じるブランド価値の間に差が生じた際のインパクトは大きく、同社はまさにその状況に陥っていたそうです。このブランドの差をどう縮めるか。同社のブランド再構築のスタート地点は“顧客を知ること”でした。そこで見出した3つの柱を、セールスパーソンや車載インテリア、ショールームの内装に至るまで、様々な顧客接点に落とし込むことで、顧客のブランドに対する深い理解につなげ、ロイヤルティ向上を実現したのです。広告やコミュニケーションのメッセージを変えるだけでなく、リアルも含めてあらゆる接点で自社のバリューをどう体現するかが、今の時代のブランド再構築を成功へ導く鍵であると感じました。

ブランドの再構築を果たした同社は今、どのように顧客と向き合っているのか。インタビュー後編では、関口氏が統括しているマーケティング戦略についてお聞きしていきます!

【インタビュアー 兼 企画編集担当】
ビジネス・フォーラム事務局 プロデューサー  
松岡 英美

大学卒業後、産業機械メーカーの営業企画としてマーケティングに携わり、新市場開拓・営業活動を行う。その後、ビジネス・フォーラム事務局に入社。企業のエグゼクティブを対象に、CMO Forum をはじめ、マーケティングやデジタル変革、働き方改革、コーポレートガバナンス等、経営課題に寄り添ったテーマのセミナーを多数企画。イベントプロデューサーとして、企画から運営までを指揮統括している。

※記事掲載の所属・役職名は2019年8月時点のものです。