CMO Interview vol.4 後編

株式会社ヤッホーブルーイング 佐藤 潤 氏

2019/08/21 (  水 )

CMO Interview vol.4 後編

  • ファンイベントプロジェクト参加を推奨できる組織文化が
    スタッフの顧客視点を育てる
  • フラットな関係性と個人の資質を活かすことに重点を置く組織づくり
  • チームビルディング研修を実施し、スタッフの本音と熱量を引き出すチーム運営

インタビュー前編では、同社のファンづくりとマーケティング戦略についてお話を聞きました。後編では、そのファンベースマーケティングを支えるための組織づくりやチームビルディングから、ヤッホーブルーイングの強さの秘訣を紐解きます。

 

株式会社ヤッホーブルーイング
よなよなエールFUN×FAN団
(ファンベースマーケティング部門)
団長
佐藤 潤 氏

2000年にカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)に新卒入社。インターネット事業部にて事業の立ち上げや、インターネット事業部の宣伝責任者などに従事。2012年に株式会社ヤッホーブルーイングに中途入社。2013年通販部門責任者。2017年プロモーション部門責任者。2018年にファンベースマーケティング部門責任者。参加者5,000名を超えるファンイベント「よなよなエールの超宴」や、オンライン飲み会「よなよナイト」など、オンライン・オフライン問わないファンとのコミュニケーション施策の企画や運営に携わる。

プロジェクト参加を推奨できる組織文化が顧客視点のカギ

――ファンを巻き込むためには組織内での連携が不可欠かと思いますが、チームづくりはどのようにされていますか?

大前提として、お客様に製品や会社を好きになってほしい気持ちが全社共通なので、その目標に対して各ユニットが役割を果たす一体感があり、連携が取りやすい土壌があるんです。その上で、イベントなどの実施に関しては、「やりたい」と思った人が社内でプレゼンをしてプロジェクトを立て、そこに他のスタッフが手を挙げる形でプロジェクトに参加します。プロジェクトの参加者には醸造や物流、情報システムのスタッフなども入ってくれるので、様々な専門家が集まる小さな組織としてスピード感を持って進められるのもメリットです。ちなみに、我々「よなよなエールFUN×FAN団」は、そのプロジェクトマネージャーとして参加します。

――プロジェクトへの参加が各部署のスタッフの通常業務に影響するのではという懸念もあると思いますが、その点はどのように対策されていますか?

プロジェクトへの参加は会社で推奨しており、プロジェクトに参加したい人は当然送り出してあげるような組織文化があります。また、例えば普段製造や物流の業務をしているスタッフはお客様と接する機会が少ないですが、定期的にプロジェクトに参加し、顧客視点でサービスを考え、現場でお客様から「頑張ってね」と言われたら、参加したスタッフ自身もモチベーションが上がります。

――イベントはファンにとってだけでなく、スタッフにとっても学び・交流・共創の場なんですね。

プロジェクトに参加することでスタッフにとっても良い循環が生まれるので、会社としてもスタッフのリソースの7割は通常業務、その他の2割はプロジェクト参加で、1割は自己啓発の時間にすることを理想としています。

また、お客様に会社自体を好きになってもらうためには、そこで働いているスタッフの気持ちの高まりも重要です。いくら言葉で良さを伝えても、もしスタッフが楽しそうに働いてなかったら嘘だとわかってしまいますからね。そういう意味では、お客様とスタッフの働きがいは表裏一体で、ファンベースマーケティングと同じくらいスタッフ全員が楽しく働ける組織づくりを大切にしています。

ニックネームや強みの把握でフラットな組織づくりを

――スタッフが楽しく働ける環境づくりとして、具体的にどのようなことを意識されていますか?

お客様の喜びのために自発的に考えて行動し仕事を楽しむ、またはそういう職場環境をつくることを推奨していて、これを「頑張れヤッホー!」の省略として「ガッホー文化」と呼んでいます。そして、ガッホー文化を醸成するためにフラットな組織づくりをしているのも特徴です。スタッフ同士がニックネームで呼び合っていて、例えば私は佐藤潤なので「ジュンジュン」と呼ばれているのですが、年齢や役職を気にせず言いたいことが言える環境づくりの一端を担っています。たまに「ジュンさん」と呼んでくるスタッフもいて、そういう時は「それはフラットじゃないから、やめなさい!」と冗談めかして言ったり(笑)。組織文化はそういう小さなことを大切にすることでつくられていくと思います。また、組織自体も3階層しかないのでスタッフ間の距離は近いですね。

――組織づくりに関して、ストレングスファインダー(※)を使ってスタッフの資質を把握しているのもユニークですよね。

それぞれの強みを理解し、尊重した業務体制にするためにストレングスファインダーを活用しています。自分の得意を活かす一方で、苦手なことは他の得意な誰かに補ってもらうデコとボコの関係を意識しています。

また、強みだけでなく、スタッフそれぞれの置かれている状況も尊重したいと考えています。スタッフがやりたいことを続けながら働きやすい環境を考えて、本人とも相談しながら早急に異動を手配したり。フラットな組織なので、気軽に相談してくれるのも嬉しいですね。

※:米・ギャラップ社が開発した資質診断ツール

スタッフの本音を大事にするヤッホーのチームビルディング術

――本音を言いやすい雰囲気をつくるために、他にはどのような工夫をされていますか。

弊社ではチームビルディングをとても大切にしています。もともとは弊社の社長・井手直行が、業績のどん底を脱したタイミングでチームビルディングに関する社外の研修を受講したのが始まりです。その研修の成果に感動し、スタッフとも分かち合いたいということで、10年ほど前から社内で研修制度を設けました。希望者が毎年5~10人ぐらい受講して、スタッフそれぞれの個性を理解し、コミュニケーションを通してチームで最高のパフォーマンスを出す方法を学びます。

例えば、チームの発達段階には「形成期」「混乱期」「規範期」「達成期」という4つの段階があります。チームビルディングでは、チームを「達成期」に進めるための方法を学びます。

とりあえず集まった状態の「形成期」では、不安や緊張で発言に遠慮があります。次の「混乱期」に進むためには圧倒的な量のコミュニケーションが必要なので、言いたいことが言えるようにお互いを知り合うことを重視します。その結果「混乱期」になると、自分勝手な意見が出たり、声が大きい人が勝ってしまったりし始める。そこでももちろんコミュニケーションは重要ですが、さらに目的と目標を共有し、そこに向かうにあたっての自分の役割を理解することで、チームになっていくんです。そのチームビルディングの研修を受けた人が社内に100人近くいるわけですから、各部署やプロジェクトにおいて、研修を受講したスタッフがチームビルディングを実践してくれています。

――「形成期」から「混乱期」にステップアップするためのコミュニケーションに関して、具体的にはどのようなことをされていますか?

まずは、形成期における最初のチーム合宿で、自分の生い立ちや価値観を1人ずつ話します。自分の取扱説明書として、氏名・年齢・家族構成・ストレングスファインダーの結果・小学生から今までの話など。もちろん言いたくない部分は言わなくてもいいんですが(笑)、徹底的にお互いを知る時間を取っています。

日常的には、毎朝30分間の朝礼で、業務連絡ではなく日常のことを話します。スタッフが10人ぐらいの輪になって、「子育てでこういうことがあってさ」「奥さんと喧嘩しちゃって」といったような。毎朝世間話をすることで、その人の価値観や置かれている状況がわかって、心理的安定性が高まっていくんです。

――チームビルディングにおいて、例えば既に「混乱期」に入ったと認識していても、会議の中で意見を言えないスタッフが出てきたとしたら、どうしますか?

もちろん、「形成期」に戻してイチから立て直します。本音で意見し合うことがチームビルディングにおいて重要なので、意見が言えない雰囲気になってしまったら、議論を止めてでも「形成期」に戻します。実際に、議論が盛り上がらないと感じて、その会議の残り時間をすべて無駄話に費やしたこともありました(笑)。やはり全員から本音を聞き出した上での合意形成が大切だと感じます。

――各自が本音を伝えた上で目的達成のための合意形成ができていれば、スタッフも納得感を持って進行できますよね。

トップダウンで「こうやってね」と言うよりも、スタッフが「これをやりたい」って言ったことの方が絶対成果が出ますし、スタッフ自身の取り組みへの熱量も変わってきます。そのためにも、やはり本音を言ってもらうことが重要ですよね。

ミッションへの共感者を増やすのが重要なのはファンもスタッフも同じ

――チームビルディング研修を始めてから約10年とのことですが、実施する前と後で変化はありましたか?

大きく変わりました。業績が上がったのはもちろんですが、会社の雰囲気も良くなったと感じます。私がヤッホーブルーイングに入ったのは8年前ですが、さらにその前を知る社長によると、10年前は朝礼がお葬式みたいな雰囲気だったとか‥‥‥。「共有事項ありますか?」と聞いても「特にありません」ばかりで、スタッフ同士のコミュニケーションも少なかったそうです。今では考えられないですね(笑)。

スタッフのコミュニケーションの活性化や本音を言える雰囲気づくりは、ファンイベントと通ずるところがあると感じます。ファンイベントも10年かけて参加者50人から今では1万人規模にまで成長しました。こればっかりはジャンプアップの策なんてなくて、ファンもスタッフも「共感してくれる人の輪」を地道にコツコツと広げていくしかありません。

――今後、組織づくりに関してさらに取り組みたいことはありますか?

これまでは社長がチームビルディングの講師を務めてきましたが、今後はファシリテートできる人材を増やす予定です。社長1人で100人に教えてきたわけですから、我々のような次世代の人間が10人ほどファシリテートできるようになれば、単純計算すると次の10年で1,000人まではチームビルディングの考え方を伝えられるはずです。これからスタッフ数が増えたとしても、社長含め経営陣が経営理念をしっかり理解し、それを体現してスタッフに伝えることで、さらに強いチームをつくっていきたいと思います。

インタビュアーからのコメント

マーケティングツールが進化し、それらを活用することで顧客の関心を惹くための施策は打ち出しやすくなりました。一方で、ファンになってもらうためにはさらに深い絆を築くことが求められます。ヤッホーブルーイング様では、言葉で製品や企業の良さを伝えるだけでなくスタッフの本音を顧客に伝播することが重要であると考え、組織づくりに注力していることが印象的です。本音の情報は、人の心を動かす強い力を持っています。マーケティングは対外的な施策に視点が行きがちで、社内の組織づくりとの連携が上手くいっていない場合も多いですが、購買行動における顧客の関心は、今や商品だけの価値に留まらず、それを生み出す企業のミッションや在り方にまで及んでいます。本音の情報を届けるために、組織づくりとマーケティングをいかにつなげて考えられるかが、これからのファンづくりとマーケティングの重要な鍵を握っていると感じました。

【インタビュアー 兼 企画編集担当】
ビジネス・フォーラム事務局 プロデューサー  
松岡 英美

大学卒業後、産業機械メーカーの営業企画としてマーケティングに携わり、新市場開拓・営業活動を行う。その後、ビジネス・フォーラム事務局に入社。企業のエグゼクティブを対象に、CMO Forum をはじめ、マーケティングやデジタル変革、働き方改革、コーポレートガバナンス等、経営課題に寄り添ったテーマのセミナーを多数企画。イベントプロデューサーとして、企画から運営までを指揮統括している。