CMO Interview vol.6 後編

株式会社Preferred Networks 執行役員 最高マーケティング責任者 富永 朋信 氏

2020/05/20 (  水 )

CMO Interview vol.6 後編

 

  • ペルソナ設定の落とし穴――相性が悪い分野とは?
  • 小売業界のマーケティングは「約束」と「パーソナリティ設定」がカギ
  • 何よりも重要なのは、リアルさと熱を伴ったコミュニケーション
 

 

株式会社Preferred Networks
執行役員 最高マーケティング責任者
富永 朋信 氏

 

中編では、マーケティングの役割やマーケターに今求められるスキルについて、お話を伺いました。後編では、マーケティング戦略の設計時に持つべき視点や、コミュニケーションデザインのポイントについて、引き続き富永様にお聞きしました。

 
ペルソナ設定の落とし穴――相性が悪い分野とは?

――マーケティング戦略立案のスタートラインとして「ペルソナ設定」から入るケースが多いと思いますが、その方法論では上手くいっていない企業様からのお声もよく頂きます。この点に関して、何かアドバイスはありますでしょうか。

基本的な考え方として、ペルソナは多くのケースで必要かつ有用です。しかしモデルと外れ値でお話ししたように相性が悪い分野もあると思います。例えばスーパーマーケットやドラッグストアなどのリテールにおいてブランドを再構築する際にペルソナ作りをしたとしましょう。その過程では、お店にどんな人が来ているか調査し、今後どんな人に来てほしいかなどの議論をします。ここで何が起きるかというと、スーパーやドラッグストアって基本何でも売っていて誰しもが来る場所なので、どこか一点にフォーカスするとそれ以外のユーザーが取り残されることになるわけです。でも生活を支えるプラットフォームという性質があるリテールは、そのペルソナの嗜好に合わない品揃えも必要がありますよね。これはペルソナを絶対視することが危険である一つの例です。

さらに指摘すれば、無理やりスーパーやドラッグストアにおいてペルソナ設定を強行した場合、多くのケースでは「ちょっとイケてる主婦」みたいになるんですよ。具体的に言えば、吉祥寺に住んでいて、夫婦二人暮らしで、フォルクスワーゲンに乗っていたけどBMWに買い替えようとしていて、毎年海外旅行をしていて……のような。どういうことかと言うと、例えば西友ならば、西友は西友である以上にスーパーであって、ペルソナ設定においては「西友のペルソナ」の以前に「スーパーのペルソナ」になってしまうわけです。そして言うまでもなくそれは西友に限らず、どこのスーパーでも同じだと思います。

――ペルソナ設定が似通ってしまうとしたら、スーパーにおいてはそこから差異化するのは難しそうですよね。

そうなんです。ペルソナは、その価値観を基準にブランドを設計していこうという、言わば目線のようなものなので、これが紋切り型になると差異化できず、どこがやろうと他と同じような結果になってしまいますよね。かくして、この作法でブランドを構築するとどこも同じようなブランド構造になってしまう、という悲劇が起きます。

ちなみに同じリテールでも、例えばシャネルみたいなハイブランドは別です。ペルソナと相性が悪いとして挙げたケースは、誰もが使うドラッグストアやスーパーを指しており、私はこれを「プラットフォームブランド」と呼んでいます。これはリテールに限った話ではなく、モバイルキャリアや金融機関、ビジネスホテルなどの誰もが使うユニバーサルなサービスも「プラットフォームブランド」であり、やはりペルソナ設定とは相性が悪いのではないかと思っています。

―――ペルソナ設定が上手く機能する分野もありますか?

大多数ではそうです。例えば商品開発においては、ペルソナ設定をすることで商品開発やコミュニケーション立案がしやすくなります。ペルソナの視点で機能を取捨選択し、商品やサービスを作り込むことができますから、それが無ければ搭載する機能やサービスを吟味する目線は曖昧になり、誰に向けた商品か分からなくなってしまいます。

これは、既に前編でお話しした「守破離」の話の一例です。つまりペルソナ設定はあくまでもモデルであって、リテールのように相性の悪い「外れ値」もあるということ。ペルソナ設定に限らず、セオリーやモデルが合理的に働くケースもありますが、それはケースバイケースであり、そこを見極めることもマーケターにとって重要な点です。

 
小売業界のマーケティングは「約束」と「パーソナリティ設定」がカギ

――先ほどペルソナ設定が必ずしも有効ではないとおっしゃっていたリテールなどの「プラットフォームブランド」において、マーケティングやブランディングを成功させるためのポイントがあれば教えてください。

重要な点が2つあります。まず1つは、会社としてお客様に約束する事柄をマーケティングに結び付けることです。例えば西友であれば “Everyday Low Price” というビジネスモデルがそれに当たります。その上で2つ目に大事なことは、パーソナリティの設定と、それに沿って厳格にコミュニケーションデザインをすることです。ここで言う「パーソナリティ」は、「お客様にとってそのブランドって、人で言ったらどんな人なの?」といったことです。ユーモラスなのか、シリアスなのか、お兄ちゃんみたいなのか、友達みたいなのか。その関係性をもとにコミュニケーションを作ることで、ブランドからの発信に一貫性が生じ、消費者からブランドに対する共感や感情移入が進んでいくのです。

約束とパーソナリティは同列に語れるような話ではなく、前者は会社の本質の話であって、後者はその本質を編集するような技術的な部分です。よって、約束がないことには、パーソナリティ設定もできないわけです。そして、この2つの流れをマーケターがしっかりと意識することによって、プラットフォームブランドであってもブランディングが可能になるのではないかと思います。

――「約束」は、企業のビジョンとは異なりますか?

この種の議論に関連する概念として、ブランドプロミスやブランドパーパスなどいくつかの重要なものがありますが、ここで約束と言っているのは、企業のビジョンをオペレーションの原則に落とし込んだもの、のことです。ビジョンに関しては、西友で言えば “Saving people money so they can live better.” がそれにあたります。「お客様のお金を節約して差し上げることで、お客様がより良い暮らしができるようになる」というビジョンですね。ブランドを体現していくためには、企業や従業員がアクションを通じて伝えていかなければならない訳ですが、ビジョンをそのまま実行しようとしても、概念的で解釈の余地があり、人によってその形はバラつきそうです。

一方で、先ほどお伝えした “Everyday Low Price” は、ビジョンをオペレーション上の原則に変換したものであり、こちらの方が明確でありアクション化しやすい。そしてアクション化し易いが故に様々なアングルで語れるため、リアリティがこもった、血の通った発信ができるようになります。何が言いたいかと言うと、ビジョンをマーケティングに落とし込もうとすると「ちょっと良い感じの通り一遍なストーリー」になりがち。なのでオペレーションのレイヤーに着目することが重要だと思う、ということです。

 
何よりも重要なのは、リアルさと熱を伴ったコミュニケーション

――最後に、ブランドや商品・サービスを世の中に広めるにあたって、富永様が重視していることを教えてください。

「商品・サービスが広まるためには、ニュースとしてのマーケティングコミュニケーションがどのように伝播するか」を考えることが大事だと思っています。そのためには、誰に、どうやって、何を伝えるか、そしてそれをどういう順番で行うか、シュミレーションしておくことが大切です。

ちょっと前までコミュニケーションデザインというと、AIDMAを横にした様な線形プロセスのイメージでした。最初は名前を知ってもらうことから入り、最終的にはロイヤルな顧客になってもらうための手順と、そのための施策がマーケティングコミュニケーションの設計図として記してあった訳です。
SNSなどのツールが登場した今では、それは一本の線形なプロセスではありません。バズらせられる人、それを広める人、受け取る人といったような、それぞれの層に向けたアプローチが必要です。そのために三重や四重構造ぐらいの、しかもそれらが相互に作用するシナリオが走る様な緻密な設計が必要になっていると考えています。

そして何よりも重要なのが、本当に企業・店舗等で起きたり、ブランドと顧客の間で起きたりしている、体温の高いことの発信です。先ほどビジョンをマーケティングに落とし込もうとすると「ちょっと良い感じの通り一遍なストーリー」になりがちと言いました。これはビジョンは得てして概念的であり、そこを出発点にコミュニケーションを作っても綺麗な作り話になりやすいことが原因です。そうではなく、その会社の人が熱をもって語れるリアルな話を伝えていく。マーケティングの本質は「人間理解」ですので、対象が人間であること、そしてその人間を理解して、伝わるようなコンテンツを編集することが重要だ、ということです。

 
インタビュアーからのコメント

マーケティングのプロは、自身の経験や成功パターン、マーケティングの様々な方法論を駆使しているという印象をもっていましたが、富永氏のお話を聞いて少し印象が変わりました。むしろ成功パターンや方法論に当てはめずに、自社の状況と突き合わせながらその時に最適な「解」を導き出しているのです。それはつまり、時にはこれまでマーケティングの常識とされていたフレームワークや自らの過去の成功パターンを、自ら否定する必要があるということです。過去の成功事例や他社事例など、体系化された情報にとらわれずに、目の前の状況や「人間」を咀嚼理解し、その時の「解」を見出していく。この柔軟性と勇気を持つことが、環境変化の激しい中でも強いマーケターの資質であると感じました。今回のインタビューの質問は、様々なテーマや切り口を含めてお聞きしたのですが、全て明確に分かりやすくご回答いただき、富永氏の豊富なご経験に裏付けされた「哲学」の深さを改めて感じるインタビューでした!

 

 

【インタビュアー 兼 企画編集担当】
ビジネス・フォーラム事務局 プロデューサー  
松岡 英美