・増えるCVC、「クローズド・イノベーション」から
「オープン・イノベーション」へ
・「イノベーションのジレンマ」からの脱却は「出島」戦略
・シナジー目的とリターン目的は両立できる
早稲田大学大学院経営管理研究科
(早稲田大学ビジネススクール)
准教授 樋原 伸彦 氏
アメリカの大企業はITバブル崩壊以降、自社の資金をスタートアップに提供するコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)投資を増やしています。イノベーションも従来主流だった社内完結のクローズド・イノベーションから、オープン・イノベーションへと変化しています。最近日本でも注目を集めるようになったCVC投資、オープン・イノベーションについて、コーポレートファイナンス・アントレプレナーシップがご専門で、今後、このインタビューシリーズをご担当いただく、樋原伸彦准教授に伺いました。
最近、多くの日本企業がCVC投資を考える傾向にあります。なぜでしょうか。
樋原:アメリカでは、1990年代後半、アマゾンなどが出てきた第一次ITブームのときは、「ベンチャーキャピタル(VC)とスタートアップのコンビネーションがイノベーションをドライブできる」というコンセンサスがありました。ところが、ITバブルの崩壊で、VCからスタートアップにお金が流れなくなり、スタートアップの新たなイノベーションに頼っていた大企業が、直接お金を提供しなければいけない状況になったのです。また、より根本的な問題は、社会の動きが速くなり、大企業の中でのR&D(研究開発)、クローズド・イノベーションが間に合わなくなってしまったことです。
日本の90年代後半のITブームは渋谷が「ビットバレー」と呼ばれるなど、局所的には盛り上がりましたが、アメリカ発のグーグルやフェイスブックのような日本発の企業は出ませんでした。日本は、やはり大企業ドミナント(優勢)なビジネス社会です。ただし、最近ではイノベーションにおける大企業の役割が問われ、大企業がお金を使えていないという局面もあり、「内部留保に課税したほうがよい」「大企業はお金を使え」という意見も出てきました。では、どこにお金を使うのか。日本の大企業は、「自社のクローズド・イノベーションに新たな投資をするのはリスクが高い。外にこそ投資機会がある」と思うようになりました。それが背景となって、CVC投資を考える企業が増えているのです。
日本企業のCVC投資、オープン・イノベーションは、うまくいっているのでしょうか。うまくいっていないのであれば、何が阻害要因なのでしょう。
樋原:阻害要因は、大きく分けて3つあります。1つめは、官僚的であることなどの社内体制です。オーナー企業やCEOが第一世代の企業は、トップダウンでやれます。ところが、伝統的大企業はサラリーマン社長が多いので、トップだけの判断では、通常、できません。CVC投資でスタートアップと手を組むということは、将来、同じようなことをやっている社内の事業部門が取り潰しになる可能性があります。社内の既存部門を潰してもよいという覚悟が問われているのですが、各事業部門が個別の利益、部分最適に走っているような場合、サラリーマン社長には自ら調整しようという覚悟がないのです。
2つめは、「ノット・インベンテッド・ヒア・シンドローム(Not Invented Here Syndrome)」。日本語で簡単にいうと「自前主義」です。なんでもかんでも自前でやろうとする。しかし、すでにスタートアップがやっているなら、そこと手を組めばすぐにできるはずです。
3つめは、「イノベーションのジレンマ」です。中長期的に考えて、新たなビジネスのマーケットが大きくなってきたら、自社の既存事業を壊してしまうかもしれないというスタートアップとは、何らかの関係を持っておくべきです。それがCVC投資の一番の役割です。ところが、あまりにも合理的、近視眼的に企業価値の増大だけを考えると、新たな投資をやらないほうが企業価値の面からは合理的という話になってしまいます。
日本企業の既存の意思決定プロセスの中では、オープン・イノベーションはなかなか難しい。そこで「出島」戦略が必要になります。出島としてCVC子会社を作って投資できるようにすれば、親会社の事業部から出そうな文句も抑えられるかもしれません。
日本の企業は、どこにCVC投資をするのか、その判断基準を明確に持っているのでしょうか。担当者などへのアドバイスもお願いします。
樋原:CVCの投資目的は、「ストラテジック・リターン」(戦略的リターン)と「ファイナンシャル・リターン」(財務的リターン)の2つに区別されています。戦略的リターンは、自社の既存事業とのシナジーによる売上増大や、関連需要の増大、新規事業の開拓といったリターンのことです。財務的リターンは、通常のVCが考えているのと同じ金銭的リターンのことです。日本企業の場合は、1990年代のバブル崩壊以降、金融投資に対する抵抗感が強まり、投資目的としての「財務的リターン」は言えなくなっています。日本のCVCの8割くらいは、「投資目的は、あくまで戦略的リターンです。既存事業とのシナジーが出そうな企業に投資をします」と言います。
CVCは、戦略的リターンと投資リターンの両方を求めるべきなのか、どちらか一方しか求めてはいけないのかという議論は長い間行われています。しかし、どちらを狙うのかというような議論は不毛です。CVC投資が持続可能になるためには、最低限の投資リターンが上がっていないといけません。本筋は戦略的リターンであっても、財務的リターンは必要条件です。
CVCのダイナミックな投資は、自社の既存事業からの距離が遠く、「補完性」も「代替性」も低い「中立的」なところへの投資です。自社の既存の事業との距離が離れれば、現状、シナジーが出るかどうかは分かりません。しかし、数年後に何らかのシナジーが出てくる可能性があるわけで、そこはダイナミックな視点が必要になります。
インテル・キャピタルでは、「耳目を引くような技術開発」も投資対象としています。現在のビジネスとは関連性が薄くても、注目を集めている新技術に投資をしておこうということです。こうした投資は、自社の事業領域に変更があったり、外部環境が変化したりしたとき、戦略的リターンをもたらしてくれる可能性があります。
アドバイスとしては2つあります。1つは「社内政治を厭うな」ということです。特にサラリーマン社長には、社内を調整するんだという強い愛情がいります。もう1つは「投資に対するマインドを変える」ことです。日本の企業は、CVC投資でも「120%成功しないといけない」と思ってしまいがちです。自社の事業投資はそのくらいの準備が必要かもしれませんが、あくまでCVC投資です。CVC投資は、ある種リアルオプションのようなところがあります。成功したときは果実を得られ、うまくいかなかったら投資した分がマイナスになるだけです。M&Aなどと一緒と考えてしまわず、オプションのプレミアムを払っているような感覚でやればよいのです。「10のうち1つ当たればよい」くらいの感覚で臨むことが重要です。
参考になるお話をありがとうございました。
樋原 伸彦 氏
1988年東京大学教養学部教養学科(国際関係論)卒業、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。世界銀行コンサルタント、通商産業省通商産業研究所(現・経済産業省経済産業研究所)客員研究員、米コロンビア大学ビジネススクール日本経済経営研究所助手、カナダ・サスカチュワン大学ビジネススクール助教授、立命館大学経営学部准教授を経て、2011年から現職。米コロンビア大学大学院でPh.D.(経済学)を取得。専門はファイナンスとイノベーション、特にベンチャーキャピタル、コーポレート・ベンチャー・キャピタル、エコシステムなど。
インタビュアー:
ビジネス・フォーラム事務局 プロデューサー 山本 沙紀
立命館大学にてベンチャーファイナンスを専攻。サービス系ベンチャー企業を経て2013年ビジネス・フォーラム事務局に入社。New Business Creation Forum企画考案・企画者。他、人事系・製造業など幅広く企画を担当。