- 後編では、大企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)にフォーカスして、お考えとアドバイスを伺います。
TomyK Ltd.
代表
鎌田 富久 氏
大企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進するために、スタートアップと組むのも一つの手段だとお話されていましたが、スタートアップと組むときの課題は
何でしょうか。
鎌田:最も大きな課題は、スピード感の違いだと思います。大企業とスタートアップだと、時間の感覚がまったく異なります。スタートアップ側からすると、「18ヶ月分の資金で早く成果を出さないといけない、毎日が勝負」みたいな危機感の中で走っていますからね。大企業側としてはじっくり慎重に取り組みたい気持ちもわかりますが、いつまでに決定するのか、具体的にビジネスになるかとか、実証実験だけでなく商用ビジネスとして使うところまでのステップを明確にすることが重要です。大企業側の従来の事業の進め方ではなく、スタートアップ側のスピード感やマインドに合わせる必要があります。
大企業とスタートアップが組んで成功している例はありますか?
鎌田:東京海上ホールディングスが投資している電動車椅子のWHILL(ウィル)は、上手くいっている例だと思います。東京海上ホールディングスはMaaS関連の保険商品を開発したいという目的があるので、新しい市場開拓を共に進めています。また、印刷技術で電子回路を製造するエレファンテックは、セイコーエプソンや三井化学と資本提携して、インクジェット印刷を応用した新しいものづくりを推進しています。
大企業がDXを実現するための考え方について、どのようなポイントが重要だと思いますか。
鎌田:大企業におけるDXは、早い話、スタートアップと同じアプローチをとれば良いと思います。スタートアップの場合は、未来から考えた理想形を目指して一直線に攻めていく。大企業は、どうしてもこれまでに積み上げた事業をベースに「今あるものを改善して良くしていこう」となりがちです。そうなると調整や妥協の産物となり、スタートアップには勝てないんです。DXは未来に向けたビジネスですから、未来から考える。理想形を目指して、むしろ今あるものを壊すし、壊すのが難しいなら別に新しく作る。
そういうマインドが必要です。
マーケットや将来を見据えて更地で考えるマインドは、なかなか難しいですよね。
だからこそ、そのようなマインドを持つスタートアップと組むのも有効だということでしょうか。
鎌田:ゼロからイチをつくる、未来視点で考える部分はスタートアップに投資することで任せ、大きなビジネスに成長してきたら、買収してそれを今度は大企業の資金力と組織力でさらに発展させる。アメリカの企業は、そういうやり方が多いですよね。
やはり大企業においては、今ある目の前のビジネスに影響する話になってくると反対する人も多く、まともにDXするのは難しいところです。
しかし、まだ大丈夫とDXを先延ばしにすればするほど、長期的には致命的なリスクになります。
その部分で、大企業は既にハンデを背負っているとも言えますよね。
鎌田:まさにそうだと思います。既存ビジネスと新規ビジネス、例えば、従来のモノ売りビジネスとサービス型ビジネス、顧客を取り合うことになります。両方足しても、短期的にはマイナスになるかもしれません。企業内で争っても意味がありません。選ぶのは顧客の方です。先ほどお伝えしたようにスタートアップに任せるのも一つですし、社内スタートアップ的に出島で育てていくのもアリだと思います。やはり、既存の大きな事業をやっている組織とプロセスの中では、失敗できないカルチャーなので、新しいことをしようとするのはハードルが高い。私は、既存事業と新規事業では、まったくやり方を変えるべきだと思います。スタートアップや新規事業が育って、10から100にする段階では、大企業の強みを発揮できます。この変化の激しい時代をどう乗り越えるか。これからの時代で生き残っていくためには、大きな覚悟が必要です。
大企業が、これからの時代に対応していくために、採用や人材育成の考え方は
重要なポイントになります。どのような考え方や視点が必要になりそうですか。
鎌田:既存事業だけでは生き残るのが難しい今、企業側としては、多様な経歴を持った人を取り入れる必要があると考えています。学生にとっては、特に新卒一括採用は良くないですね。4月に全員そろって就職する強迫観念があり、そこから外れる=社会のレールから外れる感覚が強くなってしまいます。これだと、「もっと自分のやりたいことを考えたい」「ベンチャーに挑戦したい」という気持ちがあっても、「とりあえず一回就職しよう」と考える人が多くなってしまう。このやり方が続けば、自分で考え、クリエィティブな能力を発揮して、これからの時代に対応できるような人材はなかなか育たないように思います。
経営層やCDOの方に向けて、DXや新規事業におけるアドバイスをするとしたら、
どのようなことでしょうか?
鎌田:今がまさに生き残れるかどうかのターニングポイトだと思っています。その上で、予選を勝ち抜くための必須項目がDXだということは既にお伝えしました。では、優勝するにはどうすれば良いか。私は「新たな価値を生み出すこと」が必要だと考えます。
しかし、モノ的な消費が減少し、人口も減っている今、物質的な経済はおそらく下降していくでしょう。物質的にすでに豊かになった人々は、次に何にお金を使うのか。体験や経験などの新しい価値が重要となります。今までのモノ売り中心の事業から、新たな体験、共感するストーリーの領域へと移っていく。DXの先に必要となるのは、そういったことだと思います。
そのために改めて重要視する必要があるのが、ミッションです。スタートアップはミッションが大切だとお伝えしましたが、大企業ももう一度ミッションを見直し、それを重視していく必要があるように思います。これまでは資本提供者(株主)に向いていた目線を、ユーザー、そしてユーザー以外の人にも向けていく。誰もが自分の意見を発信できる時代、すべての人に企業がめざす世界観に共感してもらい、ファンになってもらうことが、企業にとってとても大切な時代になってきています。
ミッション重視や、DXへのアプローチ方法も含めて、大企業においても「スタートアップ的なものの考え方」やマインドセットが必要になっている。その点が、次の時代における明暗の分かれ目になる可能性は十分にあります。
最後に、世界で勝てる日本をつくるために、今後、鎌田様はどのようなことに注力されていくのでしょうか?
鎌田:今取り組んでいるベンチャー支援の領域では、成功事例をつくることが当面の目標です。現在は25社ほどに投資しているので、10社は大成功させたいなと思っています。そして、成功した起業家が、次世代のスタートアップを支援して、それぞれまた10社を大成功させていく。2回転すれば、1000社になります。20-30年で1000社をつくる。皆で新しい分野をどんどん開拓して、ワクワクするイノベーションを起こして、未来の豊かな地球に貢献できたら最高ですね。
インタビュアーからのコメント
まず個人的なことを少し書かせていただきます。鎌田氏と最初にお会いしたのは、彼がiモードを開発したACCESSの共同経営者だった時で、2000年過ぎでした。本インタビュー企画で前回お話を伺ったJALの西畑氏と最初にお会いしたのと同じ時期です。別々に知り合ったのですが、知らないうちに、どこかでつながって、大手企業、スタートアップ、大学と別の世界にいる3人が、長く交流できていることを本当に有難く思っています。先日は鎌田氏が企画してくれたイベントに、西畑氏とパネルで同席させていただきました。鎌田氏は、現在日本で、本格的にハンズオンできるベンチャーキャピタルとしては、最高レベルにある方だと思います。ACEESS時代の鎌田氏には「iモード」で世界制覇してもらいたと心から応援していましたが、iPhoneやAndroid等の登場で、それはできませんでした。今は、その貴重な経験を使って、後輩を指導する中で実現し用としているように見えます。
その鎌田氏と時々会って話をする中で、ある時期からスタートアップ企業と大手従来型企業の関係について話題にすることが多くなっていると気づきました。接点があまりなかった両者の間の距離がどんどん縮まっていると感じています。鎌田氏も今回のインタビューの中でそれに関連したところを述べられています。
大手従来型企業が、DX(デジタル・トランスフォーメーション)を行う上で、そのままという訳にはいかないとしても、デジタル・ネイティブのスタートアップ企業の振る舞いや特性は非常に参考になると思います。私は、様々な機会に、DXは従来型企業がデジタル・ネイティブ企業のもつ有益な要素を、何らかの形で吸収する過程とも見なせる、と言ってきました。一方、スタートアップの方も、ユニコーンのように独立して世界で戦える企業が、是非生まれて欲しいのですが、すべてがそうなれるわけではありません。スタートアップは、CVCに限らずノウハウや人材等を含めて、大手企業から得られることは少なくありません。スタートアップ企業だけでもできない、また大手の従来型企業だけでもできないことが実現できるといいですね。両者にとってエコシステム的に成長していくということです。大手の従来型企業とデジタル・ネイティブなスタートアップ企業が上手く共存共栄し、お互いに刺激し合いながら進化するような形です。もしかすると、日本がこれから成長するための鍵が、そこにあるかもしれません。
一橋大学商学研究科 教授 / CDO Club Japan顧問
神岡太郎
神岡 太郎 教授の近著『デジタル変革とそのリーダーCDO』(同文館)も、 是非、ご一読ください。 デジタル変革(DX)、CDO(Chief Digital/Data Officer)の整理・理解するうえで、 最適の一冊です。
【企画・編集責任者】
ビジネス・フォーラム事務局 プロデューサー
進士 淳一