CDO Interview vol.10

株式会社パルコ 執行役 グループICT戦略室担当 林 直孝 氏

2018/10/19 (  金 )

CDO Interview vol.10

・接客をテクノロジーで拡張し、最大化。質も高める

・デジタルの技術、サービスを実装して、現場の課題を解決

・素早く導入し、トライアンドエラーしながら進化させていく

 

 

株式会社パルコ 執行役 グループICT戦略室担当
林 直孝 氏

 商業ディベロッパーとして小売業と不動産業のハイブリッド型ビジネスモデルを展開する株式会社パルコでは、アプリ、ロボット、RFID、スマートスピーカーといったデジタルデバイスを積極的に利用し、顧客満足度を向上すると共に、働き方の改革をも推し進めています。今回は、パルコのデジタルイノベーションを推進する、グループICT戦略室担当の林様への神岡太郎教授によるインタビューです。

パルコではデジタルを用いたさまざまな新しい取り組みをされていますが、その点についてお聞かせください。

林:パルコは、「小売業と不動産業とのハイブリッド型」という言い方をしていますが、ビルを建てて出店してもらうだけではなく、テナントの販売をサポートする役割が非常に大きいのです。2013年頃から日本の小売業の中で、「オムニチャネル」という言葉が盛んに使われるようになっています。ところが、パルコは全国で約3000のテナントに出店していただいていて、登録していただいている販売員は2万人を超えます。ですから、オムニチャネルという言葉を浸透させようと思っても、なかなかうまくいきません。そこで、「24時間パルコ」というコンセプトを掲げて、いつでもどこでもテナントスタッフの皆さんとお客様がコミュニケーションできるプラットフォームを提供することにしました。それはインターネット上にもあるし、スタッフの方々が「現場」と言っている売り場にもある。両方をうまく使っていただくことで、コミュニケーション力が最大化でき、接客の質も高まることをお伝えしています。オムニチャネルという言葉を使わずに、そのしくみを作り、使っていただくわけです。

我々は「接客をテクノロジーで拡張する」という軸を掲げて、いろいろな取り組みを行ってきました。小売業界では、オンラインでやっていらした企業がリアルのほうにかなりチャネルシフト、つまり拡張してきています。我々は逆に、購入の場所がオフラインに限定されていたものを、24時間パルコの取り組みの一つとしてオンラインに拡張した「カエルパルコ」というサービスを作っています。オンラインで購入が完結するだけではなく、オンラインで予約し、店頭で商品を受け取ることができるのが特徴です。これを促進するために、「POCKET PARCO(ポケットパルコ)」というスマートフォンアプリも用意しました。

また、実験的に期間を決めて行ったのですが、PARCOの敷地内に受け取り用のロッカーを設置し、カエルパルコで注文した商品がそのロッカーに入っていて、24時間、営業時間外でも受け取れるようにしました。これにはブロックチェーンを使ったシステムを使っています。他にも、小売りではまだあまり行われていませんが、MRやVRのデバイスを使ってショッピング体験をしていただくことも始めています。もう一つ、ロボットの活用も進めています。有人のインフォメーションカウンターとは別に、ロボットを用いてお客様への案内と誘導をし、さらに店舗が閉まった後に、RFIDタグ読み取り用のアンテナを取り付けて棚卸しを補助する機能の実証実験を行っています。また、お客様への案内では、スマートスピーカと小型ディスプレイとを連携させて、音声だけではなく位置情報も示す店頭案内の実装を始めています。既に池袋PARCOと名古屋PARCOの一部フロアに設置しています。

 

デジタルによるさまざまな取り組みにより、本当の意味での働き方改革がなされると思うのですが、その点についてはどうお考えでしょうか?

 

林:各テナントで、なかなか人を採用しづらくなってきています。すると、そこで働いていらっしゃる方の作業が増えてきます。棚卸しも当然必要ですし、商品が入荷したら、それをきちんと仕分けして品出しをしないといけません。たくさんの仕事が一人に集中しつつあり、本来、スタッフの方に店頭でしていただきたい接客の時間が少なくなってきます。そこは、我々パルコ側でデジタル化していくことで、本来していただきたい接客の時間をキープしたり、増やしていただく。そのために、裏側の作業レベルのものは、人ではなくてロボットとか、デジタルのデバイスが進化していますから、そこに代替していくことを進めないといけません。

社員が現場から進めた改革の一つに、PARCO内の店舗で初めて働く方に受けていただくオリエンテーション(入店前)研修の改革があります。従来は2時間とか3時間とか、集合研修を行っていましたが、店舗にあるタブレットやパソコンやスマートフォンで動画等を見ていただき、理解を深めていただく仕組みに変更しました。従来なら研修の時間は売り場を離れているわけで、新しいスタッフの方を掛け算すると、年間、何千時間も売り場を離れることになっていました。デジタルを使って隙間時間に研修を受けていただくことで、それを改善したことになります。現場の課題がデジタルで解決できるということが、今すごく増えていますから、そういうことを、一つ一つ実装していくことを進めています。

林様のお仕事は、CDOとしてはどのような範囲にまとめられるでしょうか?また林様のチームについてもお聞かせください。

 

林:グループICT戦略室を担当する前は、店舗のマーケティングとしてのデジタル活用で、店舗内の運用運営もセットで行っていました。仕事の軸足はCMO的なところに置いていました。今はどちらかと言うと、仕組みを企画して、開発をして、現場に導入するということを行っています。CMOというよりはCDO、あるいはCIOを兼任しているような感じです。

グループICT戦略室というチームは2017年3月に新しくできた部門です。それ以前は社内で情報システムを担当するIT推進室という部門と、店舗のマーケティング系で店舗のデジタルを推進するチームがありました。それを一つにしたのがグループICT戦略室です。グループそれぞれの事業の中で、デジタルトランスフォーメーションする必要性はさまざまあって、それらを現場の方々とコミュニケーションをとりながら、戦略的に推進していく役割です。

チーム全体で現状約20人の人員です。比較的若い、デジタルにあまり抵抗がない人たちに来てもらったり、来たいと言ってくれた人たちで作ったチームです。現状でまだ足りていない役割も見えてきたので、もっとそのスピードを加速させるために、外部のスペシャリストの方の採用にも力を入れてます。

 

CDOの役割はどのようなこととお考えでしょうか。またCDOに必要な能力や人材についてはどうお考えでしょうか?

 

林: CDOの役割は、デジタル周りの進化の早い技術やそれを使ったサービスを探して、体験して、それを自社でどういうふうに使えるだろうかと考えて、各課題がある現場に、それらの技術やサービスを仕組みとして落としていくことだと思っています。

CDO に限ったことではないかもしれませんが、「まずはやってみる」という気持ち、姿勢が必要ですね。スピード感がものすごく大事です。じっくり計画して隙のない要件レビューを行い、時間をかけて開発して間違えずに実装するというシステム開発ももちろんですが、前例のないテクノロジーを使ったサービス開発の場合は、ローンチまでの時間が長いより、その時間が半分、さらにはもっと少ないほうが、今は価値を出せます。とにかく早く現場に導入して、そこでトライアンドエラーしながら、いいインターフェースに進化させていくスピード感。とにかくやってみることが大事です。

 

貴重なお話をありがとうございました。

インタビューアーからのコメント

 林CDOの話をお聞きして、まず感じたことは、パルコらしいDX、林CDOらしいDXということです。表面的には、他社と似たところもありますが、ちゃんと自分達のお置かれたコンテクストで物事を考えられているところでしょうか。自分たちの会社、自分たちのお客さんとの接点で何が必要かということを、肌感覚で理解して、デジタルを利活用しようとしているという印象を受けました。
戦略だけではDXは進みません。それを実現するためにプログラムが本当に社内で効果をもつ必要があります。基本的なことかもしれませんが、我々には馴染みがあっても、オムニチャネルという言葉では、販売員には刺さりません。「24時間パルコ」という名のコンセプトに、説明を付随させて、現場はそれを実感する。コミュニケーションの質が重視されるのは、マーケターとしてのバックグラウンドがある林CDOらしいアプローチだと思いました。接客を重視するところから、現場からの要望にも、いち早く対応して、社員研修を改革しようとしたことも、簡単なことのようで、現場と意志が通い合っていなければ実現できません。デジタル部門を、現業から隔離した出島で行うアプローチもありますが、パルコのように現場と密につながるDXも重要です。
20名のチームでこれだけいろいろやるというのは、フットワークの軽さを感じます。パルコらしく、根底は顧客経験価値を高めることなら、何でもやってみようというスピリッツを感じます。林CDOには、顧客経験価値の創造とデジタルと相性のいいところが、次から次へと頭に浮かんでいるようです。ITとデジタルとマーケティングを分けずに一人で統括しているところも、林CDOが様々なことにチャレンジできる条件となっているように思いました。次は何をされるのか、楽しみです。

一橋大学商学研究科 教授 / CDO Club Japan顧問
神岡太郎

【企画・編集責任者】
ビジネスフォーラム事務局 プロデューサー 進士 淳一