・未来の会社のあるべき姿は、IT、AI 抜きでは語れない
・ニーズに合わせてチャレンジ。バリューを生み出すのがCDO
・知識を知恵に変えることが、CDOの大きな役割
日揮株式会社 執行役員 CDO
花田 琢也 氏
前編に続き、日揮株式会社CDO花田氏へ、神岡教授からCDOに関しての質問が続きます。
「グランドプラン」を含めて、御社のIT戦略についてお聞かせください。
花田: IT戦略は、短期、中期、長期に分けて考えています。2030年に日揮がどのような姿であるべきか。会社の未来を想定して、そこからバックキャスティングする。バックキャスティングするにあたり、乗り越えなくてはならないブレイクスルーがあって、それを実現する大きな要素がAI であるとか IoTなどです。それを踏まえた上で策定しているのが「グランドプラン」です。会社のあるべき姿を論ずるのに、ITやAI抜きで語ることはできません。そして何よりも策定したプランを実施していくのも、IT部門であるデータインテリジェンス本部、そしてCDOの使命であると思っています。現在策定しているグランドプランは中、長期的な視点から展開するものです。
一方、短期的なものでは、間接業務の自動化、RPA(Robotic Process Automation)は当たり前の業務改善ですね。直接的なエンジニアリング業務にしても、RPAをうまく取り込めないかと考えています。とはいっても、いわゆる野良ロボットをいくら作ってもしかたがないので、業務の棚卸しをします。その中で、「これはロボットにやらせたほうがいい」「この仕事は要らないな」と整理していく。要らないものをロボットにやらせてもしょうがないので、そこはエンジニアの業務プロセスから外していく。このように業務を仕分けてからでないとうまくいきません。当社においては現在、限定したトライアルが終わりつつあり、これから適用部門も拡張して本格的に推進していこうというところです。デジタルトランスフォーメーションと言っても、結構、無駄な荷物を背負ったまま進めているケースがあります。2030年以降に量子コンピュータが登場して、全ては容易に回るという開き直った説はあります。しかし、業務を軽くした上で、本当の意味で AI がしっかりと機能するようにできたらと思っています。
花田さんにとって CDO はこうあるべきという理想像はありますか?
花田:やはり、バリューを生み出すのがCDOだと思います。バリューはお客様、マーケットによって違います。我々の扱うプラントというものの本質的なニーズはオイルやガスというプロダクトを産むための施設です。しかし、プラントをよく見るとオイルやガスを運ぶパイプやケーブル、そして重要な生産機器を支えるための鉄架構のジャングルジムというか塊とも言えます。でも、考えてみれば、プラントは鉄を作っているわけではなくて、プロダクトを作っているわけです。もし鉄よりも軽くて鉄と同等の強さを持った素材を開発できれば、費用対効果の問題もありますが、3Dプリンターの飛躍的な進化によって、海外の建設環境が厳しい地域では3Dプリンターでプラントを作れるようになるかもしれません。プラントの3Dモデルを使ってお客様と話して、その場でOKのボタンを押せば、現場でスーッとプラントの一部が出来上がっていく。そうなると、工期は飛躍的に短くなるでしょう。お客様が望んでいることは、「適切な品質レベルの製品を競争力ある価格で早くマーケットに出したい」ですから、我々に望まれていることの一つは、「とにかく早くプラントを仕上げてくれ」ということとも言えます。そうなってくると、当社も愈々マーケットインの世界に入ることになります。
CDOはバリューを作るとのことですが、場合によってはこれまでの考え方、価値を破壊しなくてはいけないこともあるかと思います。企業文化の変化も含めて、そのあたりはどのようにお考えでしょうか?
花田: ディスラプションを自社だけで取り組むことは難しいと思います。破壊する際に有効な手法は必要とされるパートナーと一緒に協業や開発をすることですね。例えば、材料開発の領域は、当然、当社だけではできませんから、素材開発系の会社と一緒に進めることになるでしょう。材料の世界はマテリアルインフォマティックス、必ず IT なりAI が絡んできます。ですから、何をやるにしてもITやAIが必要になり、そこで、これまでの考え方、価値の破壊が起こります。そういった破壊現象の中で、どのようにやっていくか。まずはパートナーやお客様とインクルーシブな関係を造っていく。プラントそのものも最終的にはお客様のアセットになるわけですからベネフィットに関して十分に理解し合うことは重要だと思います。
企業文化を変えるのは難しいことです。世代によっても違うかもしれません。業界によって様々な切り口があると思いますが、エンジニアリング会社では、お客様にバリューを提供しなければいけませんので、やはり、知識を知恵に変える力ですね。「知識は入れるもの、知恵は出すもの」という認識を、早い段階からどうやって育成の過程に織り込んでいくかだと思います。その意味では今後はマスエデュケーションではなくて、オーダーメイドエデュケーションの色が濃くなっていきます。実はその時にもITは絶対に必要です。いわゆるHRテック。ヒューマンリソーステクノロジーです。各企業の特性を反映したHRテック、これは絶対に、これからキーワードになると思います。ところで、日揮の育成のキーワードは「課題解決」です。課題を見つけること、課題があったら最適な方法で解決するのが得意であることです。課題を出さないようにする文化も立派ですが、時として保守的になってしまい、最近のキーワードでもある「フェイルファースト、アジャイル」という流れには乗れません。ですから、課題解決が大切になります。課題が出た時にルートコーズ的な特性要因にしっかり踏み込んでいく。ある意味、文化を変えるのは「Why」の数で、Whyが1回で終わる会社と、5回で変わる会社は違うということかもしれません。
「CDOはこういう能力を持っているべき」「こういう人材が向いているのではないか」というご意見がありましたら、お願いします。
花田:挑戦心があることではないでしょうか。クリエイティブという見方もあるかと思いますが、天才的な芸術家ではないので、先ずはチャレンジがあって、次にクリエイティビティがついてきます。あるいはそれを結束する能力とか、最後までやり遂げる力というのもあるでしょう。しかし、やはりチャレンジすることだと思います。でも、何も考えずにやたらにチャレンジしても意味がありません。やはり、デザイン思考やクライアントオリエンテッドに代表されるようにお客様のニーズをしっかりと踏まえた上でのチャレンジですね。お客様のニーズが一番重要で、ニーズに合わせたチャレンジをすることだと思います。
天動説ではありませんが社内外のユーザのニーズは降ってくるわけではありません。自分でニーズを掴みにいく。そして処方箋も自分で考えてみる。これを実現するチャレンジをしなければいけません。そして、チャレンジしていく過程においても如何にして、知識を知恵に変えるか、これがCDOの大きな役割だと思います。
参考になるお話をありがとうございました。
インタビューアーからのコメント
プラントのような、本当に重いモノを扱うビジネスを行ってきた企業が、より顧客志向で価値創造することは簡単なことではないでしょう。今まで、自社で当たり前だったことを、ゼロベースで、顧客起点で価値を見直すということは、B2C企業でもなかなか身に付きません。そういう意味で、CDOは、B2C企業以上に、B2B企業に求められているポジションなのかもしれません。そういう中で、花田CDOの言う、鉄でなくても、プラントはできないのか、という発想は、注目に値します。
そのようなものの見方は、花田CDOの経歴にも関係しているかもしれません。インタビューにもありますが、同じ会社にいながら、よくこれだけ、色々な経験をされたものだと感心します。プラントの本流の仕事から、自社がそれまでやったことのない他社とのコラボレーションまで担ってこられたのは、カメレオンのように環境に対応して課題解決してきたということ。自分を「変えていける能力」をお持ちなのだと思います。その能力が、デジタル・トランスフォーメーションを推進するリーダーにふさわしいと判断されて、CDOに任命されたのかもしれません。そして、インタビューからは、どんな人にでも対応して、コミュニケーションができるCDOという印象も受けました。 さらに、花田CDOの特徴は、このデジタル・トランスフォーメーションの問題を、テクノロジーの問題ということ以上に、人財の問題と絡めてアプローチしようということと、それを堂々とできる立場にあるということです。人財を担当する部長です。ビジネスや組織をトランスフォーメーションすると言っても、結局のところ人の問題に行きつきます。課題を解決する人間の能力について、強い関心とパッションもあることを感じました。ここ何回か、本インタビューシリーズで、多くのCDOがテーマにしている文化についても、知恵と知識を使い分けることができる文化、課題を大切にする文化というように、人の能力と絡めて、捉えられています。 このようなタイプのCDOが、どのようにデジタル・トランスフォーメーションを進められるのか、これからが楽しみです。
一橋大学商学研究科 教授 / CDO Club Japan顧問
神岡太郎
【企画・編集責任者】
ビジネスフォーラム事務局 プロデューサー 進士 淳一