CDO Interview vol.15 後編

日本航空株式会社 常務執行役員 イノベーション推進本部長 西畑 智博 氏

2019/11/19 (  火 )

CDO Interview vol.15 後編

  • 『JAL Innovation Lab』開設の効果とは?
  • デジタルトランスフォーメーションを目指すために大切なこと
    ~人財とテクノロジーの掛け合わせ~

 

日本航空株式会社
常務執行役員 イノベーション推進本部長
西畑 智博 氏

オープンイノベーションの拠点として2018年4月に「JAL Innovation Lab」を
開設されました。そのあたりの意図をお聞かせください。

西畑:新たなビジネスを創出する拠点としてラボを作り、わずか1年半ほどでスタートアップから大企業まで、国内外問わず約200社が外部パートナーとしてラボを訪問してくれました。また、ラボを持つ10社とラボ・アライアンスを構築して情報交換をしながらイノベーションを推進しているところです。ショールームではなく、PoC(概念実証)や実験を社内外の人と進めるための場所で、プロトタイピングとコワーキングがコンセプトとなっています。

ラボで行った取り組みの実例としては、KDDIと共同で行った5Gによる整備作業の遠隔支援やタッチレス搭乗ゲートの実証実験、空港カウンターでの活用を想定したアバターロボット「JET(ジェット)」の開発、xRやIoT技術を活用して旅の新しい選び方を提案する「JAL xR Traveler」の開発などがあり、他にも様々な新しい取り組みを進めています。

ラボには中国のIBM大連の技術チームも常駐しているそうですね。
IBM大連との関係性も非常に興味深いです。

西畑:IBM大連との関係は、JALの旅客基幹システムを刷新した「SAKURAプロジェクト」にまで遡ります。基幹のSOA(サービス指向アーキテクチャー)という重要な接続ボックスの開発ベンダーが日本IBMで、その実務をIBM大連に務めていただきました。SAKURAプロジェクトが成功した後、2018年の秋にIBM大連を訪れて話をした時に、今後も協働していこうという話になったのです。JALとしては、今後のイノベーションを考えた時に、スピード感のある開発リソースを持っておきたいということもあり、IBM大連のメンバーに常駐してもらうことになりました。

開発を内製化する企業も多い中で、IBM大連と組むという選択をした理由は
何でしょうか。

西畑:スピード感を考えた時に、内製化というのもひとつの方法だと思います。ただ、内製化することで外部から遮断されてしまうのはもったいないと考えたのです。私たちにとってはIBM大連も「TEAM ZOO」の一員ですし、協働することでスピード感を保つことも、ノウハウを共有してイノベーションを起こすことも可能だと考えています。

もちろんJALの中には、既存のルールとしてベンダーを通して開発する経路もあります。一方で、デジタルイノベーション推進部が目標とする開発の流れに対しては、既存の経路ではスピードもやり方も合わないこともあるので、現在のようにIBM大連に入ってもらう形にトライしているのです。

「JAL Innovation Lab」では、イノベーション推進本部以外の社員も巻き込んで
開発を進められていますが、そのあたりはどのような仕組みになっているのでしょうか?

西畑:イノベーション推進本部だけですとノウハウが偏ってしまいますので、「ラボ会員制度」というものを作り、挙手制で会員を募っています。ラボでの活動もやはりチーム力が大切で、自分達だけでイノベーションを起こそうとするのではなく、社内外の多くの人を巻き込むことが重要です。例えば、どこかの企業が「こんなテクノロジーがある」と提案してくれた時に、どこの本部でそれが利用できるかを私たちだけで把握するには限界があります。そういう時にはラボ会員を集めて話を聞くことで、どのようにサービスに結びつけられるかという話を進めやすくなります。

ラボ会員の社員は、自分の業務をしっかりと行った上で、所属長の許可を得てラボのプロジェクトに参加してくれています。時には、就業時間外にボランティアでプロジェクトを手伝ってくれることもあります。ちなみに、この制度はGoogleが行なっている20%ルールからヒントを得たものです。業務時間を100%で考えた時に、そのうち20%は好きなことをして良いという文化ですね。そのまま導入することは難しいのですが、そのようなイメージで社員にもラボで好きなことをやってもらえたら良いと考えたのです。ただし、通常業務を2割減らして充てるのではなく、やるべき業務の生産性を上げることで2割を捻出し、その浮いた2割でやりたいことをやるという発想が根底にあります。そうでないと、ラボ会員制度が成り立たちませんからね。

イノベーションを起こすための最初の一歩は、「自分にやりたいことがある」ということだと思います。will(意志)があるかどうかが重要です。その「やりたいこと」を、会社や社会の中で活かせる形で実現することが、個人の充足感にもつながると思います。だからこそ、JALの新規ビジネスやイノベーションとして、独りよがりではない形で実現できる環境を作りたいと思いました。

最後に、西畑様が目指すデジタルトランスフォーメーション推進のポイントを
教えてください。

西畑:ビジネスの世界はゼロイチではないので、デジタルトランスフォーメーションもハイブリッドで進めることが重要だと考えています。今のJALで言えば、人財とテクノロジーの掛け合わせでイノベーションを起こすというわけです。テクノロジーは移り変わるかもしれませんが、「人」の部分は絶対になくなりません。テクノロジーを最大限に活用して、人間がよりハッピーになることを目指したいと思います。

そのようなイノベーションを起こしていくにあたって、これからも私は必ずお客さま側にいたいと思っています。テクノロジーの進化をお客さま側から見極め、どこまでなら今マーケットインできるのか、その部分の感覚を研ぎ澄ましておくことが重要です。テクノロジーだけが先走るような形は絶対に成功しません。最先端ではなくても、お客さまにとって役立つ組み合わせができたら評価されます。「地に足の着いたイノベーション」として、お客さまに受け入れていただける最先端のモデルを目指していきたいと思います。

インタビュアーからのコメント

今回のインタビュー対象である西畑氏とは長年の付き合いがあり、何か他人事でない気持ちでインタビューをさせていただきました。そういうこともあって、今回はいつもと異なるスタンスでコメントを書かせていただきます。

西畑氏と最初にお会いしたのは20年近く前です。私は当時から企業におけるITの活用に関心があって、いろいろな企業の方からお話をうかがっていました。どの会社の本社も基幹システムや業務の全体最適に関心があったのですが、西畑氏の話はお客さまのところからITを使っていきたい、それによって企業の業務も変わっていく、という内容でした。自分と同じような考え方だったので本当に驚いたことを覚えています。(性格は全く異なるのですが)それ以来、長い間、友人です。その当時、今日のようなデジタル時代になるとは予想もしていなかったのですが、今デジタル・トランスフォーメーションということが脚光を浴びているのを見て、感慨深いものを感じますね、と2人で話したりしています。西畑氏からすると、今CDOと騒いでいるのを見て、クスッと笑っているかもしれません。

西畑氏はこれまでデジタルを活用して多くの先進的な価値創造に関わってきましたし、今もこのインタビューで話せないチャレンジを沢山されています。私なら、心配で夜も眠れないようなことを、楽しんでいる、楽しもうとしているということが、言葉の節々から感じられます。大変な時期を経験してきたことを以前にお聞きたこともあるので、なおさら、それがすごいことだと感心しています。そういうギリギリのところでも、自分を保って楽しめるというのはCDOに向いた特性かもしれません。

もう一つ感じることとしては、西畑氏は物事に当たる場合に基本的な姿勢を明確にしています。例えば、巻き込み力やチーム力や顧客視点や出会いを大切にするといった、当たり前に聞こえることを、素直に貫いていることです。それを行動できるように意識し、工夫しています。小手先や見かけのことは(それも仕方なくやっておられることもあると思いますが)嫌いで、本質的に正しいことをやろうとされています。それをチームのメンバーと共有するために、それを伝えることに多くのエネルギーを使っています。個々の行動や活動には驚くようなことはないのに、ちゃんと最後には新しいことを実現されるというのは、そういった彼のアプローチのし方や姿勢にヒントがあるのではないかと思います。破壊的なイノベーションや非連続的価値創造を行うのは、奇策を多用するのではないということだと思います。

今回はインタビューというよりも、思い出話をしたような感覚で、あっという間の時間でしたが、新鮮でした。

一橋大学商学研究科 教授 / CDO Club Japan顧問
神岡太郎

 

【企画・編集責任者】
ビジネス・フォーラム事務局 プロデューサー  
進士 淳一

神岡 太郎 教授の近著『デジタル変革とそのリーダーCDO』(同文館)も、 是非、ご一読ください。 デジタル変革(DX)、CDO(Chief Digital/Data Officer)の整理・理解するうえで、 最適の一冊です。