- テクノロジー活用を考える時に重要な視点は、
『お客さまに喜んでいただけるかどうか』 - 大企業の中で変化を牽引するために必要なチカラ
日本航空(JAL)は、今年3月、約8年を費やした旅客系基幹システムのクラウドへの全面移行プロジェクトを完了させ、現在、旅客サービス向上や業務改善に役立つ「地に足の着いたイノベーション」に取り組んでいます。
JALのような大企業で、いかにイノベーションを起こそうとしているのか?
このミッションに挑まれ、変革を推進されている常務執行役員 イノベーション推進本部長である西畑氏への神岡太郎教授によるインタビューです。
日本航空株式会社
常務執行役員 イノベーション推進本部長
西畑 智博 氏
西畑様のこれまでのご経歴と、現在常務執行役員イノベーション推進本部長として
どのような役割を担われているかお聞かせください。
西畑:「地に足の着いたイノベーション」を進めるために、現在はデジタルトランスフォーメーションに取り組んでいます。経歴としては、1984年に日本航空に入社し、1997年から7年間eビジネス推進チームのリーダーを勤めました。2014年にはJALの旅客基幹システムを50年ぶりに刷新する「SAKURAプロジェクト」を執行役員として推進し、2018年から執行役員イノベーション推進本部長に、2019年に現職となっています。
これまで様々なプロジェクトに携わってきましたが、入社以来「マーケティングとITの融合」が私にとって最大のテーマであるという点は変わっていません。就職試験の面接の時も「技術やテクノロジー、システムの力を使って会社の仕組みを変え、お客さまに影響を与え、経営にインパクトを与える仕掛けを作りたい」と力説していましたから。その想いはずっと変わらず、eビジネス推進チームでも、今のイノベーション推進本部でも、まさしく私がやりたかったことをやらせてもらっています。
多くの企業ではIT側でビジネスを考えようとしてしまいますが、
西畑様はITに振り回されずにお客様起点でビジネスを創出していくことを
常に考えられていますよね。
西畑:ITやテクノロジーの話をする時も、やはりお客さまありきで考えるべきですし、お客さまを起点にすることで会社も動かざるを得なくなると思います。逆に、テクノロジーを起点にしてしまうと、テクノロジーだけが独り歩きしてしまいます。そうではなく、お客さまに喜んでいただけるように、テクノロジーをビジネスに上手く当てはめていくことが重要です。
実は、私自身は割とアナログ思考です。例えば、Webで買い物するよりも実際に見て買いたいですし、メールよりも対面で話がしたい。新聞だって紙で読みます。ですから、マインドはアナログ寄りで、けっしてデジタルオタクではありません。デジタルがいかに大切かということはもちろん理解していますが、それぐらいのバランス感覚の方がちょうど良いと思います。テクノロジーに寄りすぎることなく、そのテクノロジーを活用することで実現できる未来の話ができますから。
西畑様が1997年にeビジネス推進チームを立ち上げてWebで航空券を販売し始めた
とき、日本のエアラインでそのような取り組みをしている企業はありませんでしたよね。
また、当時その使いやすさにも驚いたことを覚えています。
西畑:当時から、JALのカギを握っているのはコアのお客さまであるマイレージバンク会員と、ダイレクトマーケティングツールとなるインターネットだと感じていました。アメリカン航空が1994年にWebサイトを立ち上げましたが、翌年の1995年には当社もWebサイトを立ち上げ、1996年には日本で初めて国内線航空券のインターネット予約を始めましたので、かなりのスピード感でインターネットを活用し始められたと思います。インターネットは未開の地でしたし、社内での事例もないため、自分がやろう、と。
インターネットの活用によって、24時間365日JALとつながることが可能になる。「いつでもどこでも簡単にJALとつながる」というのは、当時も今も変わらぬコンセプトです。最初のうちはパソコンからの接続のみでしたが、その後モバイル端末が普及し、どこからでも航空券が購入できるようになりました。クレジットカード払いの他にコンビニ決済も導入し、1999年から2000年くらいには、これらのインフラが整備できました。2000年からは、お客さまに応じてバナーを変えるといったような、パーソナライゼーションによるOne to Oneマーケティングを開始しています。
今でこそデジタルトランスフォーメーションやCDOといった言葉がよく使われるようになりましたが、西畑様はもう20年も前からITを効率化などの社内サポート的に使うだけでなく、デジタルをお客様向けのビジネス価値創出のために活用することに取り組まれていましたよね。新しいものを導入するのには苦労もあったと思いますが、
社内で円滑に進めるためにどのような工夫をされましたか?
西畑:これは持論ですが、大企業の中でビジネスモデルを変えようとするとき、IT部門側が主導するのは難しいと思っています。ビジネスの責任を負っている部門から変わらなければならない。ITやテクノロジーの活用方法を理解している人がビジネス部門にいて、そこで新しい形を考えていくことが健全な姿ではないかと思います。だからこそ、eビジネス推進チームを作ったときも、IT本部ではなく旅客販売統括本部・商品開発部の中に作りました。
また、最も重要なのは「チーム力」です。私一人だけでは何もできません。デジタルトランスフォーメーションを推進するためには、多くの人を巻き込む必要があります。もちろん既存のものを変革する過程では、社内での反論もあります。しかし、そういう人達も巻き込んでいくことで、さらに大きな影響力を持つチームになると思うのです。
結局、デジタルトランスフォーメーションの成功のカギは「人をどれだけ巻き込めるか」なのかもしれませんね。
西畑:そう思います。チームが影響力を与える範囲を拡大していくことこそが、トランスフォーメーションの源だと思います。また、自分自身は年齢を重ねてポジションが上がってきたことで、責任も大きくなりましたが、会社を変えるために動きやすくなったと感じています。リーダーとして、格好をつけた言葉ではなく本気で信じていることを伝え続け、影響の輪を広げていくことで会社を変えていきたいと考えています。