CMO Interview vol.1 前編

株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役 音部 大輔 氏

2018/12/06 (  木 )

CMO Interview vol.1 前編

 

・マーケティングにおける”変化”と”本質”を見極めて全体設計図を描くことが重要

・消費者の認識を変えて市場を創造するのがマーケティングの役割

・消費者自身が定義できていない「いい〇〇」を提案する

ビジネス・フォーラム事務局の大好評シリーズ「CMO Forum」のスピンオフ企画として連載する当インタビュー。マーケティングを取り巻く環境変化に立ち向かい、挑戦を続けるCMOの方々に、今取り組むべき課題やマーケティングを牽引するリーダーが持つべき視点を伺っていきます。

新たなテクノロジーが次々と生まれ、マーケティングを取り巻く環境が目まぐるしく変化する中、今まさにマーケティング部門が注力するべきことは何か。P&Gジャパンや資生堂など、様々な文化背景・製品分野の企業で長年ブランドマネジメントやマーケティング組織構築を行ってきた音部大輔氏に、マーケティングの現状を整理していただきながら、今マーケティング部門が持つべき視点や、求められる役割を聞きました。

 

株式会社クー・マーケティング・カンパニー
代表取締役
音部 大輔 氏

新卒でP&G Far East Inc. マーケティング本部に入社。17年間の在籍中、アリエール、ファブリーズ、アテント、パンパースなどのブランドを担当し、市場創造やシェアの回復を主導後、US本社チームでイノベーションの知識開発に従事。帰国後、ダノンジャパン、ユニリーバ・ジャパン、日産自動車、資生堂などでブランドマネジメントや組織構築を指揮。

今まさにマーケティングに必要なスキルとは

――数多くの企業でマーケティングを統括されてきた音部様は、マーケティングの現状をどのように捉えていますか?

まず、4Pそれぞれが変化していると思います。消費者の感覚の変化に伴ってProduct(製品・商品)自体も変わっていますし、Price(価格)においてはFinTechを活用したキャッシュレスや、サブスクリプションのような課金方法も広がっています。Place(流通)に関しても、CtoCサービスの盛り上がりなど、変化が見られます。また、誰もがスマートフォンを持ち歩くようになったことで、Promotion(プロモーション)の仕方も大きく変わりました。

特に、スマートフォンの登場によって消費者の行動がデジタライズされるようになり、計測可能性が高まったことが、最も大きな変化だと思います。消費者の行動や認識の変化が数値で捉えられるようになった、つまり、データが集められるようになったわけです。「データ」と表現すると人間味が薄まってしまいますが、もとは人の行動であり、認識であって、それが数値化されているだけであることを忘れてはいけません。

――消費者の行動が計測できるようになった現在、留意すべきポイントは何でしょうか?

消費者の行動や認識変化がデータ化された結果、それをどのように計測すべきかを含めて、様々なテクノロジーカンパニーやアドテックスタートアップが、部分的なサービスを提供するようになりました。現在のマーケティング業界のカオスマップを見ると一目瞭然ですが、プレイヤーの数が大幅に増加していますよね。これまでは、一つのブランドマネジメントのプロセスにおいて1~2社程度と関わるだけでも進行可能でしたが、現在はこの複雑なカオスマップの中から、どのプレイヤーを使うべきかを理解し、設計図を書く必要が出てきました。

オーケストラで例えるとしたら、以前はピアノソロのアドリブコンサートだったので、プロデュースする側はテーマだけ伝えて「あとは好きなように弾いてください」と指示するだけでも良かった。しかし、今は何十人かのフルオーケストラになったため、例えばバイオリンとビオラの違いを知っておくなど、楽器そのものの知識も必要になってきます。また、関わる人数が増えたことで、オーケストラの力を上手く引き出すための楽譜が必要になりますよね。同じようなことが、マーケティング業界でも起こっていると思います。

――使うテクノロジーが増えたことで、CMOはそれぞれのプレイヤーを理解した上で、全体の設計図を書ける必要性が出てきた、と。

そうです。プレイヤーが増えたことに対して、「どうせ使わないから」とあきらめるのも一つの手ではありますが、それらを資源と捉えれば、せっかく増えているマーケットの資源を使わないのはもったいないと感じます。マーケットが複雑化している中で、その資源を上手く活用するためには、マーケティングの全体設計図を描くスキルが必須だと言えるでしょう。

商品を売るために、マーケティング部門が注力すべきこと

 

――マーケティングの全体設計図として、音部様が考案されたのが「パーセプションフロー・モデル」ですよね。

はい。パーセプションフロー・モデルは消費者の認識変化を段階的に描くもので、マーケティングプロセスの全体像を可視化できます。なぜパーセプション(認識)を軸に全体設計図を描くかというと、マーケティングは消費者の認識に関わることを担う活動だからです。現在のマーケティングにおいては様々な変化がありますが、一方でこれまでも今も、そしてこれからも「マーケティングとは消費者の認識に影響を与える活動である」という本質は、変化しないと思います。消費者にどう思ってもらい、何を「いいものだ」と考えてもらうか。人間の認識構造が変わらない限り、この本質も変わらないはずです。

――変化は多々あれど、マーケティングの本質は変わらない中で、マーケティング部門は何に注力していくべきでしょうか。

マーケティング部門にしかできないことを、しっかりやらなければならないと思います。例えば「商品を売る」と言っても、営業組織が強ければ売れたり、いい商品をつくれば売れたり、価格を安くできれば売れたり……と、様々な要素がありますよね。それは、営業やR&D、財務、物流が知恵を絞ることで達成できるかもしれません。しかし、「いい〇〇」の定義を変えることは、マーケティング部門でないと実現できないことです。消費者に対し、「いい〇〇」の特徴を新たに提案することで、新しい市場を創造する。それこそが、マーケティングの最も重要な役割です。

例えば「いい洗剤」の定義を見てみると、1980年代は「スプーン一杯で驚きの白さ」が「いい洗剤」の定義となっていました。1990年代にはさらに「除菌」という属性が追加され、2000年代に入ると「溶け残りがない」ことが重要になり、液体洗剤が売れるようになります。定義が変わるたびに市場が再創造され、ブランドのシェアや順位が変化していきます。そして、意図的にこの「いい〇〇」の定義を変えられる機能を持つのが、マーケティング部門なのです。既存の定義の中で、2位のブランドを1位に押し上げるのは難しいでしょう。市場における首位が入れ替わるのは、定義が変わった時だと思います。

「いい〇〇」を再定義するには

――消費者の価値観も多様化している昨今、「いい〇〇」を定義付けるのは難しいように感じます。どのように定義付けをしていくのか、コツなどはありますでしょうか。

消費者の認識の中で、定義を変えられる部分と変えられない部分を理解することが重要です。例えば、目的として最初に出てくる答えを変えるのは、難しいでしょう。車であれば「家族とお出かけするために車がほしい」と言う人に対して、「いや、あなたはこれでビジネスをしたかったはず」と提案しても無駄ですよね。

しかし、人は意外と「自分がほしいもの」を、それ以上具体的には理解できていないものです。家族と出かけるための「いい車」が欲しいと思っていても、「いい車」についての具体的な解釈は持っていない。そこで、「せっかく乗るなら乗り心地が大事」と定義付けたことで1990年代にセダンが売れたり、「犬も子ども達も楽しい居住空間が大事」と定義付けたことで2000年代にミニバンが売れたり。消費者自身も言語化できていない「いい〇〇」の部分を提案することは、価値観が多様化している現在も可能だと思います。

もちろん、マーケターが「いい〇〇」の定義を消費者に無理強いすることはできません。よって、消費者理解が大事であることは当然です。しかし、消費者自身も具体的に「いい〇〇」を定義できていないので、必ずしも消費者に聞けば答えがあるというものでもありません。だからこそ、その曖昧な部分を、マーケターが消費者に向けて提案する。それこそが、マーケターが消費者と企業に対して、役に立てる部分だと思います。

インタビュアーからのコメント

マーケティングを取り巻く環境変化は多くある一方で、本質的な部分は全く変わらないというお話が印象的でした。様々なマーケティングテクノロジーが消費者のあらゆる行動を可視化したことで、企業が得られる情報は各段に増えています。しかしながら、その行動データだけを見ていては、マーケティングの本質である「消費者の認識に影響を与える活動」には直結しません。消費者が行動を起こす前の”認識”に焦点を当てて、マーケティング施策を企画・実行していくことが重要となっていきます。データからは読み取れない消費者のアナログな認識・感覚を、マーケターが”消費者の立場”で考えられるかどうかが、「いい〇〇」の新たな定義の提案のために必要なのではないでしょうか。

インタビュー後編では、今回お話されていたマーケティングの役割を、いかに組織で機能させていくかについて、引き続き音部氏にお話を伺います。

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【インタビュアー 兼 企画編集担当】
ビジネス・フォーラム事務局 プロデューサー  
松岡 英美

大学卒業後、産業機械メーカーの営業企画としてマーケティングに携わり、新市場開拓・営業活動を行う。その後、ビジネス・フォーラム事務局に入社。企業のエグゼクティブを対象に、CMO Forum をはじめ、マーケティングやデジタル変革、働き方改革、コーポレートガバナンス等、経営課題に寄り添ったテーマのセミナーを多数企画。イベントプロデューサーとして、企画から運営までを指揮統括している。