- 商品→商品ブランド→企業ブランドへとマーケティングが変化している
- 顧客との関係性をニーズに合わせて変えることで過去最高売上・利益を達成
- 顧客に「本物」を伝えることがファンづくりの秘訣
ここ5年間で売上高3倍増加という急成長を遂げている新日本プロレスリング。今、この成長に拍車をかけているのが、日本コカ・コーラ副社長やタカラトミー社長の他、名だたる企業でマーケティングと経営の要職を歴任されたハロルド・ジョージ・メイ氏です。今回はメイ氏に日本企業のマーケティングの課題や変化・持つべき視点について、お話を聞きました。
新日本プロレスリング株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
ハロルド・ジョージ・メイ 氏
1987年1月にハイネケン・ジャパン株式会社(現ハイネケン・キリン株式会社)入社、アシスタント・ジェネラル・マネージャーを務める。1990年4月に日本リーバ株式会社(現ユニリーバ・ジャパン株式会社)入社、アシスタント・ブランド・マネージャーを務め、2000年4月にサンスター株式会社に入社。オーラルケア事業執行役員に就任。2006年9月に日本コカ・コーラ株式会社へ入社し、副社長兼マーケティング本部長へ就任。2008年11月に同社 副社長兼チーフ・カスタマー・オフィサーに就任し、2014年3月に株式会社タカラトミーへ入社。経営顧問を経て、2015年6月に同社代表取締役社長、CEOに就任。2018年6月に新日本プロレスリング株式会社 代表取締役社長兼CEOに就任し、現在に至る。
SNS時代は「企業のあり方」も含めて全体で顧客から評価される
――様々な企業でマーケティングに携わってこられたメイ様は、日本のマーケティングにおける課題についてどうお考えでしょうか。
ブランドに重点を置いた商品開発ができていないケースが多いように思います。商品のブランドが確立されていれば、商品特徴・コンセプト認知のための宣伝費を削減でき、既存顧客からの売上も確保できますから、ブランドは企業にとって重要な資産であるはずです。その上で、今は商品ブランドだけでなく「企業ブランド」も高める努力が必要だと感じます。
――企業のブランドも高める必要があると思われるのには、どのような背景がありますか?
現代においては、商品を差別化するのは非常に難しいと感じます。品質や味、価格帯など、商品の質で評価された時代もありましたが、今やよほどの技術ではない限り、もう品質だけで戦える世の中ではなくなりました。30年ほど前から「ブランドが重要である」という流れになってきましたが、現代の情報社会の中では、「どんな企業が、どのような姿勢で商品やブランドをつくっているのか」までも問われる時代になっているため、企業ブランドの重要度はさらに高まっています。
また、商品ブランドの人気という不確実な部分だけに頼っていては、売上を維持するのは難しいでしょう。例えば新日本プロレスは数人の看板選手が人気を牽引していますが、その人気選手が他団体に引き抜かれたり故障・引退したりすることもあります。選手の人気だけに頼らずプロレスそのものの企業ブランドも向上させることで、経営は安定し企業価値が高まります。
特に「コト」を提供している場合は商品の質や性能では比較できませんから、「コトの体験」それ自体が最終商品です。だからこそ、その体験に関わるすべての要素、例えば会場の安全や清潔さ、温度管理、開場時間の調整など、そういう部分まで問われます。プロレスで言えば、リングの中の戦いが100点だったとしても、試合以外の会場での体験によってマイナスなイメージを持つ可能性もある。商品だけでなく企業のあり方も含めて、全体で評価される時代だと思います。
顧客との関係性をニーズに合わせて変化させることがカギ
――消費の流れが「モノ」から「コト」へと言われていますが、どのようなニーズの変化を感じていらっしゃいますか。
物質的に豊かになったことで、「楽しみ」や「体験」に以前にも増して価値が見出される時代になりました。また、現代はインターネットやSNSの普及により、誰かと繋がっていたい、同じ趣味を持つ人達と一緒に盛り上がりたい、でも自分のパーソナルな領域にはあまり踏み込んでほしくない、という複雑なニーズが高まっていると感じます。
このようなニーズに合わせて、顧客との関係性を「コントロール可能な心地よい距離感」に変えることが重要です。例えば新日本プロレスの商品は「プロレスを観る非日常体験」ですから、顧客がそこに感じる「ワクワク」「興奮」や「選手の夢に自分を重ねる」などの体験自体が商品になっています。顧客は「プロレスを観る」という基本的には受け身な姿勢でいながら、Twitterなどで意見交換をしたり、選手のサイン会や撮影会に行ったりと、自分の気分や状況によって参加の度合いをコントロールできます。このようにニーズに合わせた結果、新日本プロレスは現在売上も利益も過去最高を記録しています。
――顧客との関係を構築する上でポイントととなるのは、どのような点でしょうか?
エモーショナルボンド(感情的な結び付き)を築くことが重要です。今や人間対人間の関係構築はSNS上でもできるようになりましたが、それは顧客対ブランド、あるいは顧客対企業でも可能になったと私は信じています。だからこそ、SNSやインターネットも活用して、顧客とのエモーショナルボンドを構築したいと思っています。
エモーショナルボンドは、ブランドへのイメージに強く影響を及ぼします。例えば時計の価格を考えたときに、千円の物もあれば数千万円する物もありますが、時間を計る性能には変わりないですよね。時間がもっとゆっくり進む時計があるとしたら高価な物でも買いたいと思いますが(笑)、そうではないですから。その価格差の理由は性能ではなく、エモーショナルボンドの差なのです。そのブランドを身につけたいという、顧客との感情的な結び付きです。顧客との間のエモーショナルボンドの構築は「コト」を提供するプロレスでもできるはずだと考え、それに基づいたマーケティング戦略を進めています。
顧客に「本物」を伝えることがファンづくりの秘訣
――エモーショナルボンドを築くためには、どのようなことが重要でしょうか。
様々な情報が容易に手に入る時代において、顧客は本物と偽物を簡単に見抜きますから、本物を提供することがひとつのポイントです。例えば新日本プロレスでは、選手本人に会社側からキャラクター設定をすることはありません。本人がやりたいこと、醸し出したいイメージ、かっこいいと思う衣装で、ブランドを築いています。選手本人が熱を持ってやっていることは、観客にも伝わりますよね。
――各選手がブランドを自由に築く場合、全体の統一性を保つことが難しくなるのではないかと感じますが、その点はいかがでしょうか。
そこは、プロレス愛が共通点として軸になるのだと思います。「お客様を楽しませたい」という共通認識があるので、最終的な目標がブレることはありません。その上で、各自がこだわってブランドをつくることで、選手自身の本物の熱がファンにも伝わると思います。
ちなみに、新日本プロレスが海外で試合をする場合も、リングアナウンスはすべて日本語で行います。試合の観客は外国人ですし、日本語はわからないかもしれないけれど、「青コーナー○○、赤コーナー●●」と言っているのは、説明しなくてもわかっていると思います。日本でもそうやっているわけで、それこそが本物であるから、海外にもそのまま持っていくのです。
――グローバル展開するにあたってローカライズしたくなるところですが、現地に合わせることはしないのですね。
ローカライズはしないですね。もちろん法律の観点から調整はしますが、日本の「本物」は現地にそのまま届けます。日本企業はリスクを恐れるあまり、市場調査してローカライズしようとする事例も多いと感じますが、グローバル展開するということは自社の商品に自信があるはずですよね。そうであるならば、現地に合わせない方がいいです。例えば、コカ・コーラはどの国で飲んでも同じ味ですよね? 国によって味の趣向や色が与えるイメージは異なりますが、それを考慮して商品自体を変えるようなことはしていません。ローカルに合わせようとした時点で、偽物になってしまいますから。国内でも、海外でも、本物を伝えることがとても重要だと思っています。
インタビュアーからのコメント
どうすれば、顧客の心をつかめるか。常にマーケターを悩ませるこの問いへの重要なヒントが、メイ様のお話から見えてきました。キーワードは「伝える深さ」と「距離感」。一つの商品やブランドに留まらず、その作り手である企業の在り方や思いまで、深い情報を伝えること、これこそが、「伝える深さ」だと感じました。そして、伝える情報を深くすることで、“企業に対する共感”が顧客に生まれます。その共感を行動に移してもらうためには、適切な「距離感」が重要です。企業と顧客のつながり方は、これからどんどん多様化しています。WEBやSNS、アプリ等、企業は様々なチャネルを活用したコミュニケーションを用意して、それぞれの顧客にとって心地いいつながり方を自ら選んでもらうことが求められます。
モノと情報が溢れる時代だからこそ、企業ブランドを強くしていくこと、つながり方の選択肢を増やすことが、顧客との感情的な絆(エモーショナルボンド)の構築につながるのだと感じました。
では、このような取り組みを実践する役割は、誰が担うのでしょうか。メイ氏は、マーケティング部隊だけで完結しないことが重要であると仰っています。インタビュー後編では、マーケティングの役割を担うポジションについてと、企業のマーケティング力を磨く方法を伺います!
【インタビュアー 兼 企画編集担当】
ビジネス・フォーラム事務局 プロデューサー
松岡 英美
大学卒業後、産業機械メーカーの営業企画としてマーケティングに携わり、新市場開拓・営業活動を行う。その後、ビジネス・フォーラム事務局に入社。企業のエグゼクティブを対象に、CMO Forum をはじめ、マーケティングやデジタル変革、働き方改革、コーポレートガバナンス等、経営課題に寄り添ったテーマのセミナーを多数企画。イベントプロデューサーとして、企画から運営までを指揮統括している。