CMO Interview vol.6 前編

株式会社Preferred Networks 執行役員 最高マーケティング責任者 富永 朋信 氏

2020/05/20 (  水 )

CMO Interview vol.6 前編

  • マーケティングの本質は「人間理解」である
  • 自社にフィットするマーケティングをするためには「守破離」が重要
  • データをビジネスに落とし込む武器が人間理解

 

株式会社Preferred Networks
執行役員 最高マーケティング責任者
富永 朋信 氏

P&G、日本コカ・コーラ、西友、ドミノピザジャパン、イトーヨーカドー等、様々な企業でマーケティングに携わってこられた、まさにマーケティングのプロである富永様。インタビュー前編では、B to CとB to Bのマーケティングの違いや、マーケティングに対する富永様のお考えや哲学について、お話を伺いました。

マーケティングの本質は「人間理解」である

――これまでリテールなど消費者に近いBtoC企業においてマーケティングに携わってこられた富永様ですが、最先端技術の実用化を行うプリファードネットワークスのCMOになられた経緯をお聞かせください。

私がまだ前の会社にいた時に、ロボット事業などに関してプリファードネットワークスのCFO(最高財務責任者)とやりとりをしたことがありました。実はそのCFOは、以前西友で共に働いていた同僚でもあり、友人でもありまして。何度もコミュニケーションを重ねるうちに、ご縁があって私もプリファードネットワークスに入ることになりました。

――BtoB企業であるプリファードネットワークスは、前職までのドミノ・ピザ ジャパン、西友、日本コカ・コーラなどとは、やや分野が異なるような印象を受けます。その点はいかがでしょうか。

プリファードネットワークスは、「現実世界を計算可能にする」ことを標榜しています。これは現実世界をデータの塊りと捉え、キャプチャーし、そのスケールを取り扱えるコンピューターを創り、そこでシュミレーションするということ。この大きなヴィジョンにおもしろさを感じました。私も今までPOSなどのビッグデータを使った仕事を重ねてきた中でその面白さは何度も実感しており、このビジョンの持つロマンに、たちどころに共鳴したのです。ですから私自身は、これまでのキャリアから大きく変化した印象はなく、自分の興味や好奇心が赴くままに行動した結果、今ここにいる感じです。

プリファードネットワークスはITの会社なので、マーケティングとは縁遠い印象があるかもしれません。しかし、マーケティングの本分は、「何をどうしたらお客様に響くか」と仮説を立てて実現していくことですから、BtoBにおいても重要なのは言うまでもありません。「マーケティングの対象は人間である」であり、人間理解を応用してビジネスプロセスを構築したり、改善したりすることは、BtoBであれBtoCであれマーケティングが活躍できる範囲なのです。

自社にフィットするマーケティングをするためには「守破離」が重要

――これまで様々な企業でマーケティングを担われていますが、企業によってマーケティングの方法論は異なりますか?

「マーケティングとはこういうもの」という理解は、BtoBやBtoCといったビジネス形態の違いだけでなく、業界や会社ごとに異なります。よって、様々な手法を各社の個別具体的な事情にフィットさせることも重要です。また、その企業で連綿と行われてきたルーティンの中には、習慣として定着しているものの、合理性に欠けるものもままあり、そこにはメスを入れていくことも必要です。
マーケティングの本質は「人間理解」という非常に大きく、根本的なことであり、その大局観さえ持っていれば、どんな企業においても形式や作法に、必要以上にはとらわれない仕事ができると思います。

――各社マーケティングへの理解が異なる中で、それぞれにフィットする方法を考えるためには、どのようなポイントがありますか。

守破離(しゅはり)が必要だと考えています。つまり、まずはマーケティングの様々な考え方の基本を知ること。それは得てしてフレームワークという形で可視化されている訳ですが、それらを知った上で、各社の事情にあわせて、そのフレームワークから離れることです。
まず、知ることについて。フレームワークは、乱暴に言えば「上手くいったケースを事後的にモデル化したもの」です。これはマーケティングを概念的・体系的に理解するためには有用ですし、一旦学んだものはまずはきちんと咀嚼しバイブルとして使うべきだと思います
ですから、駆け出しのマーケターには「まずはフレームワークやセオリーを学ぶように」と伝えます。

ただし、モデルというのは往々にしてそうであるように、フレームワークを使って仕事をしてみようとすると時折「外れ値」が出てきます。そのようなセオリーと合致しない部分において、フレームワークを咀嚼理解した上でどう自社の状況にフィットさせるかが、マーケターにとって大事な仕事になります。そこは「破」のチャンスで、自分なりの解を出すと、「離」に行けるのだと思います。

データをビジネスに落とし込む武器が人間理解

――富永様は行動経済学も学んでおられますが、そこで得た視点をマーケティングにも活かされていますよね。

マーケティングの対象は人間であり、人間理解が本質であるのだから、行動経済学を理解することは非常に有用だと考えています。行動経済学を直接マーケティングに引用することに関してはモラル的な議論もありますが、知っているのと知らないのとでは、意思決定の質に大きな差が出るでしょう。

わかりやすい例を挙げると、価格の付け方に関して、98円と100円だと人に与える印象が変わりますよね。たった2円の差であっても、消費者は98円の方が手に取りやすく感じるわけです。このように、受け手の選好を理解した上で、戦法を考える必要があります。

――感情で不合理に動くこともある人間の性質への理解が必要である一方で、数字などデータによる裏付けも重要かと思います。そのあたりはどのようにバランスを取っていますか?

マーケティングにおいて、データは非常に重要なものです。自分の感覚を信じるのではなく、データドリブンになることは大事だと考えています。例えば「恥を忍んで言うと、広告のABテストをした結果、自分の予測とは異なる方が売れた」みたいなことはざらにあるわけです。

そういう意味では、データと人間は「or」ではなく「and」であるべきですよね。データによって見つかった機会点をビジネスに変換するためには、非合理的な意思決定をする「人間」について理解し、そういう非論理的な人間にどのように受け止められるかを考える必要があります。データからビジネスに落とし込むための武器が、人間理解だと思うのです。

 

【インタビュアー 兼 企画編集担当】
ビジネス・フォーラム事務局 プロデューサー  
松岡 英美