CDO Interview vol.13 中編

ダイキン工業株式会社 IT推進部 IT戦略専任部長 大西 一彦 氏

2019/07/24 (  水 )

CDO Interview vol.13 中編

  • デジタルトランスフォーメーション推進に不可欠な【意識・マインド】とは?
  • 【全社員がデジタルトランスフォーメーションを自分事として捉えるべき】、
    その理由とは?
  • 「人」に重きを置いたデジタルトランスフォーメーションを進める意図とは?
  • デジタルトランスフォーメーションを推進できる人材像とは?

 

ダイキン工業株式会社
IT推進部 IT戦略専任部長
大西 一彦 氏

前編に続き、ダイキン工業株式会社 IT推進部 IT戦略専任部長 大西 一彦 氏へ、
神岡教授から、デジタルトランスフォーメーションに関する質問が続きます。

デジタルトランスフォーメーションを推進するにあたって、
どのようなことを重視していますか?

大西:デジタルトランスフォーメーションは、外的要因からその必要性を感じるのではなく、内部の経営的な危機感を原動力にしなければならないと思っています。例えば、昨年「2045年にはシンギュラリティ(技術的特異点)に到達する」という話が盛り上がりましたよね。そこから「AIが職を奪う」などの議論へ発展したと思いますが、そういった未来予測を引き金にして「デジタルトランスフォーメーションを起こさなければならない」と感じるのは、動機として間違っていると感じます。そうではなくて、自社における経営環境や市場の状況を見て、内的な動機からデジタルトランスフォーメーションを進めることが重要です。

デジタルに関わる人の中には、Howの部分を強く意識している人が多くいるように思います。「デジタルトランスフォーメーションといえば、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)やAIの話でしょう?」と言う(考える)人がいるけれど、それはちょっと違いますよね。Howの話に終始するのではなく、起こしたいイノベーションの裏にある本質的な部分を忘れてはならないと思っています。

デジタルトランスフォーメーションを推進するための具体的な施策としては、
どのようなことを実施していますか?

大西:ひとつのコンセプトキーワードとして、IT推進部発信で「全社員SE化」を掲げています。わかりやすく言うと、IT部隊の人だけでなく社員全員がITリテラシーを持って、全社的にデジタルのことを考えていこうということです。近年、社内の一部の組織がクラウドサービスやスマホ・タブレットなどのIT機器を使って業務を行うことを「シャドーIT」と言って統制する企業もありますが、個人的には情報システム部が決めた仕組み以外をすべて統制してしまうのは、もったいないと感じます。社員のリテラシーが高ければ、シャドーITだとしても、必要なITは活用していけるはずですよね。スピード感を持ってPoC(Proof of Concept)を行うためにも、情報システム部門だけではなく、全社員が情報システムを担当しているようなマインドを持ってもらうことが重要です。

実際、既に若い人を中心にリテラシーが高まってきていますから、「全社員SE化」の実現も難しくないと思っています。だからこそ、IT推進部だけがデジタルトランスフォーメーションの推進者になってしまわないように、全社員に自分事として捉えてもらえるような組織編制や組織マネジメントの部分には気を配っています。

ただし、「全社員SE化」を実現するとすれば、「社内のIT部隊は何をコアコンピテンシーとして残すべきなのか」について議論する必要があります。おそらく個人的には将来的、ネットワークインフラとセキュリティ、ガバナンス以外を担うIT部隊は必要なくなるのでしょう。全社員がデジタルを駆使できれば、IT部隊に求められるのは環境構築だけになりますからね。

大西様のお話を伺っていると、ダイキン工業は「人間中心のデジタルトランスフォーメーション」に取り組んでいる感じがしますが、その辺りはいかがでしょうか。

大西:おっしゃる通りです。デジタルトランスフォーメーションはもちろん、イノベーションを起こすためには特に経験則が重要だと思っています。だからこそ、 大切なのは「人」と「その人が持つパッション」です。 イノベーションを起こすためのツールはデジタルだけれども、そこに脈々と流れているのはアナログな人間性であり、それを重視しなければいけない。 「人」に重きを置いたデジタルトランスフォーメーションを推進するという点では、テクノロジーの変革以上に、まずITに関わる社員のマインドチェンジが重要でした。

IT推進部内におけるマインドチェンジの実現度はどれくらいでしょうか。

大西:部内には、デジタルトランスフォーメーションを進めるチームと、業務の効率性を高めるためのバックオフィス業務がありますが、全体として事業部の御用聞きのようなやり方ではなく、自ら引き合いをもらってくるような社内営業活動をするなど、価値を提供できるようになってきました。次のステップとしては、情報システムの機能自体を「自律性」を重視しながら相互間の「全体性」を取っていくアメーバーの様な機能体組織である「ティール型」にしていきたいと思っています。デジタルトランスフォーメーションを推進する尖った部分を武器に、経営に貢献できるようにスピード感を持って広げていく。そういう意味では、業務内容は「システム屋」ではなく「ビジネスクリエイター」の方が正しいと思いますが(笑)。

ビジネスクリエイターとしての人材育成に関して、
IT推進部ではどのような取り組みをされていらっしゃいますか?

大西:2014年に経営層から「IT推進部が新しいビジネスモデルを構築してほしい」と言われてからすぐに、IT部隊の中からオープンなマインドを持つ社員を8人選抜して、未来創発を担当する「創発グループ」をつくりました。2年間は成果を求めず、とにかくチャレンジをしていく方針で、アイディアソンをやったり、海外へ最先端のデジタル環境を見に行かせたり、先進他社を徹底的にベンチマークするなど、結構自由な活動を始めました。2年が経った2016年からは、アイディアを何本出せたか、部内から引き合いがどれだけあるか、どれだけPoCまで持ち込めたかなどをKPIにして進めるようになりました。最初は8名のチームでしたが、今はもう28名にまで増えています。

もうひとつ、IT部門(コーポレートIT+情報子会社)では「社内留学」も実施しています。もともとのIT部門は情報システムの専門家ではありましたが、事業のプロセスに関しては疎い部分があったので、人事権と労務費はこちらで負担した上で他の事業部にて1年間ビジネスの現場を経験させてもらいます。これは国内事業だけではなく海外関係会社にまで及んでいます。ダイキン工業のデジタルトランスフォーメーションを推進するにあたっては、テクノロジーの知識があれば良いわけではなく、「ダイキン工業の事業プロセス」について知っておく必要がありますから。

先ほど「全社員SE化」というキーワードもありましたが、
ITに関する人材育成に関しては、全社的にも何か取り組みをされていますか?

大西:ダイキン工業にはAIやIoTをイノベーションに活かしていく「ダイキン情報技術大学」という教育の仕組みがあります。AIに携われる人材はまだそれほど多くないため、社内で育成する方針です。始めは既存部門から選抜された100名ほどがAI大学で学び、今は新入社員のうち約200名が入学して、2年間どこの事業部にも所属せず学びに専念しています。3年間で700名のAI人材を育成していくことが目標で、大阪大学の協力を得て、テクノロジーイノベーションセンターと人事本部が中心となって進めています。今月から全社員を対象とした「AI講座」のeラーニングも開始しました。先ほど「全社員SE化」を目標にしていると申し上げましたが、その方向性とも合致していますし、ダイキン情報技術大学などで身に付けたテクノロジーに関する知見は、ビジネスの場での武器になると思います。

「ビジネスの場で武器になる」というのは、具体的にはどのような部分でしょうか。

大西:まず「ITの力」でどんなイノベーションが起こせるかという知見が必要ですし、技術者と対等に話をするためには、最低限のテクノロジーに関する知識が必要です。外部Sier等の協力会社と一緒に組んで進める場合にも、共通の言葉(言語)がわからないと質問もできず、相手の言いなりになってしまいますし、共創も生まれません。その素地を身に付けることで、テクノロジーの知識をビジネスの場における武器として使ってもらえると思います。

では、デジタルトランスフォーメーションを推進する人材には、
どのような能力が求められるとお考えでしょうか?

大西:最も重要なのが、肌感覚ですね。経営の目利きや、当社が置かれている市場、IT・テクノロジーの先端がどうなっているか、そういった感覚が必要です。よくメンバーに「今、勝ち目はあるか?」とよく問うています。デジタルトランスフォーメーションというと「デジタル」の部分が目立つように思われがちですが、 本来は「ビジネストランスフォーメーション by デジタル」 と言った方が正しいように思います。ですからビジネスへの感覚は必要不可欠であり、表面的なHowの部分の知識だけではなく、自分事として市場や環境をキャッチアップしていかなければならない。そういう人材の育成に取り組むことで、デジタルトランスフォーメーションも推進しやすくなるはずです。