CDO Interview vol.13 前編

ダイキン工業株式会社 IT推進部 IT戦略専任部長 大西 一彦 氏

2019/07/10 (  水 )

CDO Interview vol.13 前編

  • グローバル製造業として「デジタル経営」を推進することになった背景とは?
  • デジタルを用いた変革の実現度合いは?

 

ダイキン工業株式会社
IT推進部 IT戦略専任部長
大西 一彦 氏

ダイキン工業株式会社は、世界五大陸38ヶ国に拠点を持ち、空調事業の売上高は世界第1位、フッ素化学製品でも世界第2位、換気事業においても世界第1位のシェアを誇る世界的なメーカーです。

他社に先駆けて、2014年から自社の競争環境の変化・危機感を見据え「デジタル経営」を目指した変革に取り組んでいます。CDO・CIOの役職は置いていない同社ですが、変革のスタート時から推進を担われてこられた、IT戦略専任部長である大西様への神岡太郎教授によるインタビューです。

是非、デジタル変革推進における経験からの考察とヒントをお楽しみください。

大西様はIT推進部のIT戦略専任部長というお肩書ですが、現在どういう役割を担われていらっしゃるのか、また、ご自身のこれまでのご経歴についてもお聞かせください。

大西:ダイキンは、グローバル製造業として「デジタル経営」を目指しており、IT推進部では国内だけでなく海外も含めた情報戦略を推進しています。当社にはCDOやCIOといった役職は置いておらず、一昨年まではIT推進部長として組織を率い、60歳でライン長を退きましたが、現在はIT戦略専任部長という立場でデジタルとITに関する改革を進めています。

経歴は、ダイキン工業一筋です(笑)。1982年にダイキン工業に入社し、全社基幹業務システムの構築をする情報システム部門に所属し、その後ダイキンが海外事業を展開していくにあたって、1986年からタイや欧州での生産拠点の立ち上げに従事しました。当時は情報担当者が海外に行くことは珍しかったのですが、今思えばグローバリゼーションの潮流の中で早い時期に海外でビジネス経験ができたのは幸運でした。ましてや、現在当社は売り上げの7~8割が海外なので、早い段階からグローバル規模で情報戦略を意識することには、大きな意味があったと思います。

帰国した後、1998年からは、新設された情報戦略企画部隊の課長となり、情報にも戦略性が必要だということを提示して、情報戦略やIT戦略の推進を担うことになりました。ただ、当時はまだ情報戦略やIT戦略などの言葉もまだ一般的ではなく、経営層に向かって情報戦略について話しても、あまり反応が良くなかったのが実情です。

デジタルトランスフォーメーションを本格的に推進するようになった、
きっかけは何でしたか?

大西:2014年に、経営会議で「全社のビジネスプロセスを把握しているIT推進部主導で、デジタルトランスフォーメーションを推進し、新しいビジネスモデルを構築してほしい」と言われたのがきっかけです。それまでは事業部門の下請け的に情報システムを構築する業務上率化のためのプロセスイノベーションの役割を担っていましたが、さらにプロダクトイノベーションやビジネスイノベーションまでを担う必要性を迫られたわけです。これは、大きなマインドチェンジが必要となりました。そこから、ITの構造改革に本格的に取り組み始めたのです。

貴社の経営層が、IT推進部にビジネスイノベーションを主導する役割を迫った時期(2014年)は、昨今の他社の動きと比べてもとても速かったと感じます。
どのような背景があったのでしょうか?

大西:空調機器はある意味コモディティ化が進んでおり、先進国を中心に物が売れなくなっていく市場の流れに対して、経営層も非常に危機感を抱いていました。今はまだ右肩上がりで成長できていますし、中国やアジア・オセアニアの一部にはまだ物が売れる市場がありますが、そういう市場において利益が出せている間に、物が売れない市場に対する新たなビジネスモデル(もの売りから事売り)をつくりたいという想いがあったようです。しかし、事業部門は足元の収益を追うので精一杯でそれは、途轍もなく重要なことです。だからこそ、ビジネスの全体を見ることができるIT推進部に、変革推進を主導する役割を求めたのだと思います。

デジタルを用いた変革推進に関して、現状の実現度合はいかがでしょうか?

大西:あれから5年経ちましたが、まだまだ実現できたのは一部分のみで、大きな改革には至っていないのが現状です。我々が従来から得意としている業務効率化のプロセスイノベーションに関しては、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)や画像解析、音声認識、VR、MRを使ってみたり、技能伝承のためにAIを使ったりするなど、比較的進んでいると思います。プロダクトイノベーションについては、例えばユーザーの思い通りの(心地よい)空気を出すエアコンを実現するといったことは、研究者や開発グループが既に進めています。しかし、ビジネスイノベーションのためのデジタルトランスフォーメーションに関しては、まだまだこれからというところです。

ビジネスイノベーションでのPoC(Proof of Concept)の具体例としては、2019年7月16日に東京・丸の内に開設する会員型コワーキングスペース『point 0 marunouchi』https://www.point0.work/が挙げられます。これは空間データの協創プラットフォーム『CRESNECTクレスネクトhttps://www.daikin.co.jp/press/2018/20180730/のプロジェクトの一環で、他社とのエコシステムにより各社が保有する技術・データ・ノウハウを融合して「未来のオフィス空間」を実現するためのものです。ダイキン工業としては、生産性の上がる空気・空間を提供するビジネスの新しい形となっています。(サブスクリプションモデル)

PoCに関して言えば、どれだけ必要としているコンシューマーがいるのかによって、価値の提供方法も変わってきます。良い物であれば必ずしも受け入れられるわけではなく、今の時代のニーズとタイミングが合わなければ淘汰されてしまう。そのためにも、我々が持っているコアテクノロジーと、オープンイノベーションとを掛け合わせたテクノロジーが重要であり、協創しながらもいかに自社がメインプレイヤーとして生き残れるかを考えなければなりません。

PoCを実施してビジネスイノベーションを進めるにあたって、重要だとお感じの点はありますか?

大西:IT推進部や社内の全員が経営層と同じ危機感や想いを持って、共通の空気感で進めていく必要性があると感じます。その点に関して言えば、デジタルを推進するアナリストのような人を外に頼むのではなく、自社の中で同じ空気感を持つ人とともに、自律的に、しかし全体感を持って改革を推進しなければなりません。

また、新しいビジネスをつくる上で、ダイキン工業としてのコアコンピテンシーの部分を、上手く他の何かと融合させる必要があります。そういう意味でも、ただ情報やITに関する知識を持っているだけでなく、ダイキン工業の事業について理解した上でデジタルを活用しなければなりません。さらに言えば、スピード感を持ってPoCを進めるためにも、デジタルのリテラシーをIT推進部だけが持つのではなく、全社員が持たなければならない。ある意味、デジタルトランスフォーメーションが社内のいたるところで起きてくる形が理想だと思っているので、理想形に近づける環境を整えることが重要だと感じています。