日本企業のグローバル化が加速する昨今、CFOに求められる役割は、単なる財務・経理管理の域にとどまりません。経営者の右腕として、経営にその手腕を発揮することはもちろん、時にはCEOの一面を併せ持ち、企業価値向上の一翼を担っていくことが求められています。
「CFO Interview」と題した本シリーズでは、企業のCFOの方々にご登場いただき、CFOが抱える課題や解決すべき事項、さまざまなトピックなどについてお話しいただきます。また、インタビューを通じてCFOの今後のあるべき姿についても考察していきます。
第2回となる今回は、「3メートル以内に3M製品」と言われるほど、私たちの生活に関わりの深い企業であり、100年以上の歴史を誇るグローバルサイエンスカンパニーのスリーエム ジャパン株式会社 代表取締役 副社長執行役員、昆 政彦氏に登場いただきます。
3Mジャパングループ
スリーエム ジャパン株式会社 代表取締役 副社長 執行役員
昆 政彦 氏
スリーエム ジャパン プロダクツ株式会社 取締役
スリーエム ヘルスケア販売株式会社 取締役
スリーエムフェニックス株式会社 代表取締役社長
学歴
1985年(昭和60年)3月 早稲田大学商学部 卒業、2002年(平成14年)3月 シカゴ大学経営大学院 MBA 修了、2010年(平成22年)3月 早稲田大学大学院 博士(学術)取得。
職歴
2005年(平成17年)9月 GEキャピタルリーシング株式会社 執行役員 最高財務責任者(CFO)、2006年(平成18年)12 月 住友スリーエム株式会社※ 入社 執行役員、2008年(平成20年)3月 取締役、2013年(平成25年)3月 取締役 兼 常務執行役員、2013年(平成25年)10月 代表取締役 副社長執行役員、2014年(平成26年)9月 スリーエムジャパン株式会社 代表取締役 副社長執行役員(現任)。
資格等
米国公認会計士(イリノイ州)
公益社団法人 経済同友会 幹事
※2014年9月にスリーエム ジャパン株式会社へ社名変更
- 経理・財務部門に求められる変革。CFOは今、何をするべきか?
- 経営管理、経理、財務の部門が三本柱となってCFOを支える
AI(人工知能)・RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の台頭により、経理・財務領域を中心としたバックオフィス業務の大半は自動化され、近い将来、データの処理を主軸に置いていた経理・財務の業務体制は根本から覆されることが予想されます。これまで人がこなしてきた仕事はほとんどなくなる時代の到来。まさに今、経理・財務部門は組織そのものを見直し、業務革新に取り組むべき時が来ているのではないでしょうか。絶え間ない業務革新を行う企業で知られるスリーエム ジャパンのCFOでもある昆氏に、変革の現実解や、CFOとして何をすべきなのか、お話を伺いました。
イノベーティブな発想や、自由で自立的に動くことが必要
――イノベーティブな製品を生み出す3M。その文化や組織についてお聞かせください。
昆:まず社名のことからお話しします。3Mは創業時、「ミネソタ・マイニング・アンド・マニュファクチャリング」という社名でした。100年以上前にコランダム(鋼玉)の事業展開を目指し、米国ミネソタ州で鉱山業の「マイニング」(採掘)を始めました。ところが、採掘した石が粗悪品でうまくいきませんでした。さんざん苦しんだ末、独自で耐水サンドペーパーの開発に成功して、ようやくビジネスが成り立ったのです。その取り組みの歴史が、3Mの文化の根底にあります。
また、サイエンスカンパニーというと、原材料系の会社をイメージすることが多いと思いますが、3Mは原材料を応用して展開しています。それを100年以上続けているうちに、「3メートル以内に3M製品は必ずある」という状態になりました。
3Mの根底にあるのは技術です。ただし3Mの場合は、たった1つのディストラクティブ(破壊的)な技術で大きな売上を取るようなスタイルではなく、さまざまな技術の組み合わせによって、他社では出さないもの、もしくはお客さまが求めているものを生み出していくスタイルを取っています。
その技術を集めるために戦略的に使っているのが、「テクノロジープラットフォーム」です。さまざまな技術やアプリケーションをデータベースにして、エンジニアが組み合わせられるようにしています。組み合わせをイノベーティブに発想するためには、自由かつ自分たちが自律性を持って動いていくことが必要です。そこで3Mでは、勤務時間のうち15%は自分の関心領域のプロジェクトに充てることができる「15%カルチャー」を不文律にしています。自由で闊達な文化を重視し、働きがいのある会社づくりに努め、製品を広めていくというのが、3Mの全体的なビジネスモデルです。
――ビジネスグループの再編成と3Mのビジネスの現状について、詳しくお聞かせください。
昆:3Mでは広範な作業分野や身近な暮らしの中でサイエンスを活かした製品を提案しており、現在約5万5000にも及びます。それらをビジネスグループに分けていますが、製品の増加や世の中の変化に対応して、ある時期に括り直して再編成しています。例えば工業品のお客さまとエレクトロニクスのお客さまが、同じマーケットに入ってきたりします。そうした変化に対し、我々も体質を変えなければいけません。お客さまに選ばれるよう、スタンスを組み直す必要があります。
3Mが本来持っているビジョンの中で、世の中にどういう価値を提供していくのかについては、3本柱で進めています。ビジネスグループの再編成も、「3Mのテクノロジーはお客さまのビジネスをさらに前へ進め」、「3Mの製品は毎日の暮らしをより快適にし」、「3Mのもたらすイノベーションは明日をもっと豊かにする」というビジョンに基づいて行っています。最近では、2019年5月1日付けで、それまで5つだったビジネスグループを4つに再編しました。
企業戦略実行のため、経理・財務部門のビジネスカウンセルの役割が強くなっていく
――AI(人工知能)・RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)に代表されるデジタル化の波により、データ処理を主軸に置いていた経理・財務の業務体制は根本から覆されようとしています。今、貴社をはじめとした企業の経理・財務部門の現場では何が起こっているのでしょうか。
昆:経理・財務部門、CFOは、企業の戦略をきちんと実行することに寄り添っていかなければなりません。この基軸を推進するため、3Mでは「ビジネスカウンセル」という部隊を持っています。これは、ほかの米国企業では「FP&A」(ファイナンシャルプランニング&アナリシス)と呼ばれたりします。FP&Aのほうが言葉としては知られているかもしれません。これまでの経理・財務のように決算処理を行い、報告書を作る、という業務とは別の部隊を組み立てて、全体をどうするかというアプローチで事業部をサポートします。
世の中が変わり、事業部の括りを変えていく中で、ファイナンシャル的なサポートも変わっていきますので、ビジネスカウンセルの役割はどんどん強くなっていきます。一方で、仕分けや決算処理といった業務はAI・RPAによって自動化されますので、これまでの経理・財務の役割は縮小傾向になります。AI・RPAによる業務の効率化は突き進めていかなければいけません。全体の経理・財務の業務のポートフォリオと人員のポートフォリオは、どうバランスを取って組んでいくかが非常に大切です。
自動化が進んでも、会計基準の適用判断には人間が介在する部分が残る
――技術の発展により主要な定型レポートは自動で組成され、現在の情報処理技術に新しくAIが加わると、会計基準適用判断までもが経理・財務を通さずに実行されることとなります。こういった一連の動きを、昆様はCFOとしてどのようにお考えでしょうか。
昆:定型レポートの組成は、ますます変わっていくと思います。しかし、会計基準の適用判断になると、事業の特性に合わせて考えていかなければなりません。例えば、単一事業であるなら会計基準は1つで済みますが、3Mの場合は多くの事業部がありますので、事業形態ごとに会計の当てはめ方が変わってきます。これをAIでやりきれるのかというと、私が理解している限りでは、やりきれません。ビジネスを知った上で、どの会計基準を適用するべきか、人間が介在する部分はまだまだ残っています。経理・財務の主な仕事はそこになってくると思います。
――企業の経理・財務部門は、デジタル化に沿った変革を早急に行う必要があるかと思います。絶え間のない業務革新を行う企業として知られる貴社において、実際にどういった改革を遂行されているのでしょうか。
昆:3Mでは、業務の簡素化、標準化をグローバルで進めています。これは、物の流れや生産の仕組み、情報の流れなどのプロセスの改革です。
旧来の仕組みは、プロセスごとに構築されたため、情報の流れは分断されています。 オーダーを取る仕組み、オーダーから製造、製造から出荷、会計、請求、入金まで、 それぞれの都合で動いています。会計の場合は最後に全部のデータを取りにいくため、 大量の工数でしたが、前後のつながりを考慮して全社の仕組みを標準化することで、これらが一気通貫でできます。そうするとデータの変換が必要だった業務が効率化され、すべてのプロセスで情報の流れと人が介在する部分が大幅に変わります。